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本会会員の論文捏造疑惑と公的研究費不正請求問題について

平成19年11月1日

会員各位

社団法人 日本化学会 会 長 藤嶋 昭

 日本化学会は、かねてからその会員が社会における自らの使命と責任を自覚し、良識に基づいて行動することの重要性を認識し、そのための行動規範を策定し、また会員が出会う機会が多いと思われるいくつかの事項について会員がとるべき行動の指針を示して、この問題の大切さを常に訴えてきました。 このような背景のもと、本会は報道機関や早稲田大学ならびに文部科学省と科学技術振興機構などを通じて伝えられる本会会員、松本和子氏の「論文のデータ捏造疑惑および公的研究費に関わる不正請求問題」を深く憂慮し、倫理委員会(委員長:井上祥平)を中心にこの問題についての調査・検討を行ってきました。

 本会では、平成18年6月29日に会長談話をホームページに掲載し、この問題に関して深い遺憾の意を表し倫理規定に照らして審理を行うことを表明しました。平成18年8月以降数回にわたり審理委員会を開催し、公表されている調査報告などの精査、松本和子氏本人を含む関係者からの意見の聴取を実施し、この問題の調査・検討を行ってきました。問題となった松本氏のテルビウム蛍光錯体に関する論文に関するデータ捏造疑惑については、審理委員会が日本分析化学会の調査委員会とも連携を取って調査をすすめた結果、「蛍光量子収率の測定に関する整備された実験記録が残っており捏造と見られる点はない」との結論にいたりました。ただ、論文に明記されているように、測定誤差が±15%あるといわれる手法で測定し、松本氏は量子収率100%という値を得ましたが、この数値を注釈なしに公表したのは慎重さに欠けた面があったと言えます。しかし、テルビウム錯体が実際合成されており蛍光物質として優れた特性を示すことは事実であり、学術的には捏造論文には当たらないと結論致しました。

 公的研究費の不正請求問題については、アルバイト賃金等の不正請求が行われたこと、公的研究費の一部が投資信託に振り向けられたことを確認しました。それ以外の内容については本会の調査能力を超えており不明な点が残るといわざるを得ません。しかし公的研究費を不適切に請求し、使用したことは、国民の負託をうけて国費で研究を行う者として、厳に慎むべきことであり、本会の会員として誠に遺憾な行為であります。  以上、論文捏造疑惑は上に述べたように捏造にはあたらないが、公的研究費の不正請求問題に関しては松本氏の不適切な行為があったと判断しました。よって、日本化学会は松本和子氏に対し平成19年11月1日から3年間の会員資格停止を決定致しました。

 日本化学会は、ここに本件に対する最終的な判断と対応を以上のように報告します。同時に本会は、この極めて遺憾な出来事を機に、改めて会員諸氏に行動規範に対する注意を喚起したいと思います。
 なお、本会は上記の結論を得るまでの間は一切の途中経過を公表せず、また審理・調査にかかわった委員ならびに職務上その経過や情報を知る立場にあった全員の守秘義務を明確にして、情報の漏洩によって当事者・関係者が不利益を被ることのないように配慮してきました。
 本件については、本会の調査が始まる前の早い時期から、結果的には確認されていない情報までが、時には当事者の実名とともに公にされるケースがありました。このような状況の下にも本会は、調査と判断に当たっては予断を持たず、公平な立場を取ることに特に留意してきました。
 この経験に基づいて本会は、論文発表、研究費の使用における注意とともに、個人の名誉や利害にかかわる情報に触れる機会のある会員諸氏に対して、それらの節度ある取り扱いを求めるものです。

以上