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汗の電気分析化学:一時転写タトゥー型 電気化学バイオセンサーによる 乳酸の非侵襲測定

 血中乳酸濃度は運動生理学において重要な指標である。血中乳酸濃度は運動強度の低いうちはあまり上昇しないが,ある運動強度の閾値(lactate threshold; LT)を超えると急激に上昇する。これは,LT を境にして,糖代謝により生成するピルビン酸のミトコンドリアによる代謝が追いつかなくなり,ピルビン酸が還元されて乳酸として蓄積するためである。LT が高いほど,また,LT 以上での血中乳酸濃度の上昇が緩やかなほど,高負荷の運動を長時間持続させることができる。運動選手のパフォーマンスを効率よく向上させるためには,トレーニング中に血中乳酸濃度を測定し,トレーニングの運動強度及び量をデザインかつファインチューニングできれば理想的である。しかし,血中乳酸濃度の測定は皮膚を傷つけて血液を採取する侵襲的な手法であり,最近ごく少量の血液で可能になってきているとはいえ,簡便ではないし運動中のリアルタイム測定も難しい。
 昨年Anal.Chem. 誌に掲載された論文1)では,皮膚上の汗に含まれる乳酸濃度測定を非侵襲的に連続的に行うことに成功している。電極インクをスクリーン印刷した"タトゥー" シールを電気化学バイオセンサーとして被験者の上腕に貼り付け,運動時の汗に含まれる乳酸のピルビン酸への酸化電流をリアルタイムにアンペロメトリック検出する。作用電極には酵素lactate oxidase 及びメディエーターtetrathiafulvalene が修飾されており,乳酸の酸化を低い過電圧で選択的に検出している。汗に含まれる他の酸化還元活性物質は,汗に含まれているような濃度では測定を妨害しない。皮膚の変形による電極の劣化を防ぐためにカーボンファイバーを電極インクに添加し耐久性を向上させている。実用化までには,電流検出装置の小型化(論文では据え置きのポテンショスタットで検出している),温湿度の影響の検討,知見蓄積のある血中乳酸濃度との相関の研究などが必要だが,将来,タトゥーシールを貼って簡単に乳酸濃度測定ができる日が来るだろう。

1) W. Jia et al., Anal. Chem. 2013, 85, 6553.

西 直哉 京都大学大学院工学研究科