日本化学会

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創薬研究におけるケミカルスペースの拡張

Expanding the Chemical Space in Drug Discovery

近年の創薬研究では,sp2炭素を主とする平面構造から脱却し,sp3炭素を多く持つ三次元化合物を利用することで,物性/安全性の点で優れた化合物の探索が積極的に行われている。三次元化合物の代表例であるビシクロ[1.1.1]ペンタン(BCP)は,ベンゼン環の生物学的等価体として用いられ,複数のパラメーターを一挙に改善できる有用な化合物である1)。しかしながら,BCP骨格は高度に歪んだ多環構造であるために,その合成は一般に困難を伴い,入手・利用可能なBCP誘導体の構造は限定的である。特に,橋頭位が非対称に官能基化された構造を有する誘導体の合成法の開発が望まれている。
筆者らは,トリシクロ[1.1.1.01,3]ペンタン(プロペラン)から非対称二置換BCP誘導体を1ステップで与えるラジカル多成分反応を初めて開発し,2017年に報告した2)。本反応により,非天然アミノ酸誘導体(X=CO2Me)を含む幅広いBCP含有アミン類の効率的な合成が可能となった。さらに,不安定かつ低沸点なため用時調製が必要なプロペランを,安定な非対称二置換BCP中間体に変換するシラボレーション反応を最近開発した3)。本反応で得られる,シリルホウ素化されたBCP中間体は,長期保存可能で,取り扱いも容易であり,多様な構造に変換できる。現在,世界中の創薬化学者から注目を集めるBCPであるが,今後の大きな進展には,合成化学の発展が欠かせない。

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1) A. F. Stepan et al., J. Med. Chem. 2012, 55, 3414.
2) J. Kanazawa, M. Uchiyama et al., J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 17791.
3) J. Kanazawa, M. Uchiyama et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 1970.

金澤純一朗 東京大学大学院薬学系研究科