日本化学会

閉じる

トップ>新着情報 >お知らせ >【お知らせ】高等学校化学で用いる用語に関する提案(1)への反応

【お知らせ】高等学校化学で用いる用語に関する提案(1)への反応

2018年1月25日

日本化学会化学用語検討小委員会

 本小委員会は,おもに高等学校教科書と大学入試で使われてきた用語等のうち,用法に疑問を感じるものの「望ましい姿」を検討してきた。日本化学会(以下「本会」)ホームページに小委員会案を載せ,会員等からの意見を集約して案を作成し,本会理事会の承認と文部科学省関係部署の了承を得た上で,高等学校「化学基礎」の範囲の用語等15 個についての提案(1)を本会機関誌(『化学と工業』,『化学と教育』)の2015 年4 月号に公開した。その後2 年が経過し,高等学校「化学基礎」の各教科書の「改訂版」
が刊行され,現場で使われ始めたことから,本小委員会の提案が「改訂版」にどの程度反映されているかを調べた。ここではその概要を紹介する。

ci7101-033t.jpg

 「化学基礎」の教科書を刊行している5社から各2 種類の教科書を選び,それぞれ本文の記述にどの程度反映されているか(対応状況)を調べた(表)。
 対応状況は,提案された用語等が本文で使用されるなど,提案がほぼ反映されているもの(○),本文には反映されていないが,新たにカッコ内や注釈に提案された用語等が使用されるなど,提案の趣旨が部分的に反映されているもの(△),今回の改訂では提案が反映されていないもの(×)に分類し,それぞれの件数(教科書の数)を表にまとめた。例えば,番号3 では,ほぼ提案通りに本文で「貴ガス」が用いられている教科書が4 件,本文では「希ガス」だがカッコ内または脚注で別名として「貴ガス」が用いられている教科書が6 件あったということである。以下に各用語等について10 冊全体の対応状況の概要を示し,事情を概説する。


 ほとんどすべての教科書で提案がほぼ反映されている用語等は,「4.共有結合(の)結晶」「5.金属結晶」「8.溶融塩電解」「9.六方最密(充填)構造」「7.絶対質量という用語を使わない」である。
これらは,大学(以上)では一貫して提案された用語が使われていたのだが,高校教科書ではいつの間にか異なる用語等が使われるようになってしまい,大学や社会との不一致が生じていた。この点では,改善というよりは回復というべきかもしれない。
 「3.貴ガス」は多くの教科書で提案が反映されている。英語のNoble Gas を日本語にするならこちらが適切であるという提案の趣旨が理解を得たのだろう。
 「12.アルカリ土類金属」の範囲についても,△を含めれば,すべての教科書で提案が考慮されている。歴史的には第4 周期のカルシウム以下を指していた用語だったが,「周期表の2 族に対応する用語とする」というIUPAC の勧告1)に従うのは現在では自然な流れだろう。
 「6.昇華の逆過程」にはかつては適切な用語がなかったが,細矢によって提案された「凝華」2)がほとんどの教科書で(△で)言及されている。これは,台湾の教科書でも採用されていて,凝固や凝縮と並べてもすわりが良い用語であったからだろう。現場の先生方の支持を得て,次の改訂の機会には本文中で使用されるよう期待したい。
 「14.遷移元素」は,かつての高校教科書では12 族を含めていたところ,20 世紀後半にIUPACが「遷移元素」の意味を整備したのを受けて,周期表の枠組みからみると不可解な変更であったが,1978年ごろから高校教科書でも12 族を除外するようになった。IUPACの最近の勧告では12 族が含まれることもあるようになっている1)ことから今回の提案に至ったのだが,過半数の教科書がその趣旨を考慮したものだろう。

 次に,一部の教科書にだけ提案が反映されている用語を取り上げる。「11.標準状態」は,IUPAC では0.1 MPa を標準圧力と指定している一方で,熱力学データは従来から298.15 K での値が慣用的に用いられる。これまで高校で使われていた「(気体の)標準状態」は,どちらにもあたらない。「2.価標」に対応する用語は海外の教科書などには見あたらない(学術用語集には対応する英語として"bond"が挙げられているが,これは英訳するための方便だろう)。
 「13.(イオンの)価数」は,かつての高校教科書では陰陽を区別する-,+の符号付きでイオンの「電荷」が使われていた箇所が,いつの間にかこれと置き換えられた。イオンを理解するのに何より重要なのは陰陽の区別であり,次にその大きさ(電子の電荷の倍数)であるのに,陰陽抜きの「価数」だけが定着するというのは明らかに退行である。大学でも(研究者以外の)職業人の間でも「イオンの電荷」を日常的に使っている3)。「○価の○イオン」という用語は残るとしても,陰陽を区別しない「イオンの価数」という用語を高校化学で定着させる必要はない(「酸・塩基の価数」と混同させないためにも)。
 「15.電子式」は,学術用語集に含まれていないこともあり専門用語としては排除されるべきとしている。その概念は,"Lewis structure"," electron-dot structure"などとして,「価電子対反発則」を説明するための基盤として海外だけでなく国内でも大学の教科書で広く使われている4)。それでも,この用語を(太字で示すなどして)高校化学で定着させる必要はない。

 最後に,「1.イオン式」「10.イオン反応式」では,提案を考慮した教科書は一種類もない。これは,現在施行されている中学校の学習指導要領に「イオン式」が掲載されていることが原因と思われる。2021年度から中学で導入される新しい学習指導要領ではこれに対応する箇所が「化学式」に変わっていることから,「イオン式」「イオン反応式」の用語は今後,次第に使われなくなると思われるが,これに代わる用語が一般に認められるまでの間は混乱も懸念される。

 教育現場では,用語の厳密な意味よりわかりやすさや教えやすさを重視する傾向があり,問題を感じていても定着した用語がそのまま使われ続ける場合が少なくない。このことを考えると,今回の15件の提案のうち5 件が速やかに高校教科書に反映され,他の4 件も反映される方向に向かっているのは,今回の提案が全体として現場のニーズにも合っていて,対応しやすかったからと言えよう。2016年に行った高等学校「化学」に対する提案」5)も含めて,長年にわたり検討がなされてこなかった用語等についての提案が
速やかに採用され,高校学校で化学の本質がより学びやすくなることを期待している。

  • 1) 日本化学会命名法専門委員会編「化合物命名法―IUPAC 勧告に準拠―第2 版」東京化学同人2016,7.
  • 2) 細矢治夫,化学と教育2013,61,366.
  • 3) 日本化学会監修「物理化学で用いられる量・単位・記号 第3 版」講談社2009 では「電荷数」という用語が記載されている(p. 84,60)。
  • 4) 構造式や電子式などは,英語では「式」("Equation"," formula")ではなく「図」の範疇に含まれる。そのため,"electronicequation"などのような直訳(誤訳)では意味は通じない。
  • 5) a)化学と工業2016,69,244;b)化学と教育2016,64,92.

化学用語検討小委員会(○委員長)
委 員
  伊藤眞人(創価大学)
  井上正之(東京理科大学)
  歌川晶子(多摩大学附属聖ヶ丘高等学校)
  小坂田耕太郎(東京工業大学)
  梶山正明(筑波大学附属駒場中学校・高等学校)
  柄山正樹(東洋大学)
  久新荘一郎(群馬大学)
  後藤顕一(東洋大学)
  下井 守(東京大学名誉教授)
  杉村秀幸(青山学院大学)
  西原 寛(東京大学)
 ○渡辺 正(東京理科大学)
  渡部智博(立教新座中学校・高等学校)