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「化学と工業」65巻11号"委員長の招待席" 理化学研究所において113番新元素の合成と確認に成功

2012年11月6日


森田浩介
理化学研究所仁科加速器研究センター 准主任研究員

日本で発見した元素が元素周期表に載ることがほぼ確実となった。
元素周期表には114の元素が載っている。92番ウランまでの元素は天然物中から発見され,93番 以上の超ウラン元素は米国,ロシア,ドイツの研究機関が人工的に合成したものである。それぞれ国名や研究 所の所在地,人名などにちなんだ名前がつけられているが,日本・アジア発の元素名はまだない。
理化学研究所 の森田浩介准主任研究員らは「周期表の日本発の新元素を載せたい」と研究に挑み続け,113番目新元素でこ の目標が実現しつつある。
そこで森田准主任研究員に経緯と想いを執筆していただいた。

2012年8月18日RILAC計測室
 独立行政法人理化学研究所(理研)の線形加速器RILAC(ライラック)施設で113 番新元素の探索実験はたんたんと行われていた。原子番号83,質量数209 のビスマ ス209(Bi-209)にRILAC によって光速の10%に加速された,原子番号30,質量数 70 の亜鉛70(Zn-70)ビームを照射し,2つの原子核の融合反応によって113 番元素 を合成しようとする試みである(83 + 30= 113)。照射室内の検出器から送られて くる電気信号は計測室内で処理され計算機に蓄えられる。オンラインで解析が行わ れ, それらしいイベント(事象)があれば,画面上に表示されるようになっている。オ ンライン解析では,見落としや「すり抜け」の可能性があるので,1 日1 回程度,オフ ラインでデータを解析している。
 今年の8 月18 日土曜日,翌19 日の停電に備え実験シフトに入っていた東京理科大 学博士課程の学生住田君は,1 週間分ほどの未解析のデータがあることに気付き,そ れらのデータのオフライン解析を行っていた。8 月12 日分のデータを解析中,113 番 元素の合成と崩壊を示していると思われる結果を見つけ,本人によれば,興奮を抑え るため「そんなはずはない,そんなはずはない」と心に唱えながら解析を続けた。4 回の連続したα崩壊を確認したところで,興奮と緊張に耐え切れず筆者に電話をくれ た。「どうも(イベントが)出てるみたいなんですけど。」

周期表は現在も拡大している
 本誌の読者諸兄には釈迦に説法であるが,元素周期表は化学の基礎である。2009 年112 番元素が正式に新元素と認定され,発見者と認定されたS. Hofmann(ホフマン) 博士が率いるドイツの重イオン科学研究所(GSI)を中心とした研究グループによっ て,「コペルニシウム」(copernicium, 元素記号Cn)と命名された。また2011 年には 114 番元素と116 番元素が正式に新元素と認定され, 発見者と認定されたYu . Oganessian(オガネシアン)博士が率いるロシアの合同原子核研究所(JINR)の1 部門であるフレロフ核反応研究所(FLNR)とアメリカ合衆国のローレンス・リバモア 国立研究所(LLNL)の共同研究チームによって,114 番元素は「フレロビウム」 (flerovium, 元素記号Fl),116 番元素は「リバモリウム」(livermorium, 元素記号Lv)と それぞれ名付けられた。
 このように元素周期表は今日でも拡大を続けている。
 1925 年に最後に残った安定元素であった75 番元素レニウムRe がドイツの化学者 W. Noddack(ノダック)とI. Noddack-Tacke(タッケ)によって自然界で発見さ れた後は,新元素の発見は核反応によって元素を変換する,つまり未知の原子番号の 原子核を合成することによってなされてきた。ここにきて新元素の探索はいわゆる化 学者の手から,核化学者あるいは実験核物理学者の手に委ねられるようになる。
 上に述べた75 番元素は,日本の化学者,小川正孝が最初に発見したが,43 番元素 としたために幻の元素となった「ニッポニウム」である。天然,人工を問わず日本人 が発見した元素名は現在のところ周期表上には存在しない。

理研での113番元素
 筆者が理研に入所した1984 年,理研のリングサイクロトロンRRC は建設中であ った。RRC からの重イオンビームを用いた研究テーマの1 つとして「新元素の探索」 が挙げられ,筆者はこのテーマに関わってきた。基幹実験装置である気体充填型反跳 分離装置GARIS を設計,建設し,新元素探索の準備研究を行ってきた。2000 年, 諸事情からGARIS をRRC の照射室からRILAC の照射室に移動して2001 年から新 元素探索の本格実験を開始した。まずはGSI のグループが新元素として合成した 108 番,110 番,111 番,112 番元素を自分たちの手で合成することによって理研グル ープの実力を内外に示し,2003 年9 月113番元素探索実験を開始した。GSI のグルー プも全く同じ核反応を使って(我々がGSIグループと同じ反応を使ったと言うべき か)113 番元素探索実験を同年8 月に開始していた。GSI グループは同年11 月イベ ントを見ることなく実験を中止,それ以降理研以外でBi-209 + Zn-70 実験を行った グループはない。
 我々は何回かの中断を挟みながら同反応の実験を続け,2004 年7 月と2005 年4 月 にそれぞれ1 原子ずつの113 番元素の同位体[113]-278(原子番号113,質量数278) の合成とその崩壊を観測した。合成された2 つの原子とも4 回のα崩壊を繰り返した 後,自発核分裂によって一連の崩壊を終えた。α崩壊とは重い原子核がヘリウム4 (He-4)の原子核を放出して崩壊するもので,α崩壊によって親の原子核より原子番 号が2 小さく質量数が4 小さい娘核を生じる。自発核分裂では親原子核のほぼ半分の 2 つの塊(原子核)に分裂する。一連の崩壊によって合成された113 番元素の同位体 は次のように変化して行った。[113]-278 → Rg-274(レントゲニウム,原子番号 111)→ Mt-270(マイトネリウム,原子番号109)→ Bh-266(ボーリウム,原子番号 107)→ Db-262(ドブニウム,原子番号105)→原子番号50 近辺の2 つの原子核。 これらの原子核のうち[113]-278,Rg-287,Mt-270 の3 核種は理研の実験で初めて作 られたものであり,Bh-266 とDb-262 はすでに崩壊様式が知られた核種であった。
 一連の崩壊が2 つの既知核種へ連結したことをもって,我々は2006 年,元素発見 の認定機関であるJWP(後述)に113 番元素発見の優先権を申請した。ロシア・ア メリカの共同研究グループは,別の核反応を用いて115 番元素の原子核を合成し, 115 番元素核がα崩壊して113 番元素核を生じたとしてJWP に申請していた。我々 も露・米グループも2009 年にも同様の申請を行ったが,双方とも新元素発見の認定 は得られなかった。観測されたイベント数が少ない,既知核への確たる連結があると は言えない等の理由からである。我々が既知であると主張したBh-266 は,以前に1 原子しか報告されてなかった。また,自発核分裂はα崩壊と違い壊れて何ができた かを同定できないからである。

新元素の認定
 近年の新元素の認定は国際純正・応用化学連合IUPAC と国際純粋・応用物理連合 IUPAP から推薦を受けた6 人のメンバーからなる合同作業部会JWP によって行われ る。JWP は何年かに一度新元素発見の優先権のコールを行う。JWP は約1 年を費 やして論文の精査と議論を行い,元素発見の優先権がどの研究グループにあるのかを 決定する。
 最近のコールは今年5 月にあった。先に述べたように原子番号112 までと114, 116 の発見の優先権はすでに確定しており,今回のコールは論文によって報告のあ る113 番,115 番,117 番,118 番元素が対象となった。手を上げたのは理研のチー ムと露・米グループのみ,我々は113 番,露・米グループは113 番,115 番,117 番, 118 番元素発見の優先権を主張した。
 我々は実験を続けてきたが,5 月の時点までに新しい113 番元素のイベントを出す ことはできなかった。しかし,「既知核への確たる連結があるとは言えない」という 批判に応えるためそれまで1 原子しか知られていなかったBh-266 を自分たちで直接 合成してその崩壊様式を詳しく調べ,「既知核への連結」をゆるぎないものにしたこ とを新事実として加えた。
 露・米グループは117 番元素核を合成し117 番元素核の連続したα崩壊が,115 番 元素核の連続したα崩壊とぴったり重なりあうという新事実を根拠に加えた。この ことをクロスボンバードメントと呼んでいる。114 番116 番元素の認定に関し,別の 核反応で作った核の連続したα崩壊同士が部分的にぴったり重なるというクロスボ ンバードメントが重要な役割を果たした。ただし崩壊連鎖は自発核分裂で終わっており,既知核への連結はない。

2012年8月18日再び
 今年の8 月18 日,筆者は理研で行われたIUPAP のC12(実験核物理分野)のメ ンバーの見学会のために出勤していた。居室で住田君からの電話を受けた筆者は RILAC 計測室に駆け付け,彼が解析した4回のα崩壊を見て3 個目の113 番元素核 の合成を確信した。震えが止まらない。そこへIUPAP,C12 のメンバーが見学のため RILAC 計測室にやってきた。何とC12 のメンバーの中に一人JWP のメンバーがい たのだ。JWP のメンバーの眼前で3 個目の113 番元素の合成が明らかになった。
 それだけではなかった。4 回目のα崩壊の次に自発核分裂が見えていない。解析を 続けていた住田君はそれに続く2 回のα崩壊を見つけ出す。Db-262 がα崩壊した! 実はDb-262 は67%の確率でα崩壊し33%の確率で自発核分裂を起こすことがよく 知られた原子核だった。これまでの2 原子はDb-262 が両方とも自発核分裂しており, 統計的に不自然ではないにしてもα崩壊が観測されてないことで,我々の主張に疑 義をとなえる見方もあった。Db-262 のα崩壊の観測はこの疑義を払拭する。さらに 6 回目のα崩壊はDb-262 のα崩壊の娘核であるLr-258(ローレンシウム,原子番号 103)のα崩壊とぴったり一致している!Nature に感謝。イベント数は増えた。既知 の原子核への連結は完ぺきである。新元素認定の条件を完全に満たしている。ただ, 優先権のコールの締め切りは過ぎてしまっている。

その後
 当日は駆けつけてくれた仁科加速器研究センターの延與センター長や矢野前センタ ー長らと祝杯をあげた。翌8 月19 日は二日酔いと停電で仕事ができない。続く3 日 間は理研の一斉休業日で研究室の仲間は久々の休暇をとっている。筆者は休暇を返 上して論文を書き,研究室の仲間は休業明けに必要なキャリブレーションを行う。論 文は8 月2 9 日, 日本物理学会英文誌Journal of the Physical Society of Japan(JPSJ) に投稿,査読者とのやりとりを経て9 月10 日に掲載決定。9 月27 日にオンライン掲載された1)。
 同日,プレスリリースを行って世界に向けて情報を発信し,またJWP の議長と各 メンバーに新しい論文を添付した手紙をだし,この新事実を優先権の考慮に是非とも 含めてほしいということを訴えた。JWPは締め切りを過ぎた我々の新データを受け 入れてくれるだろうか? メンバーはすべて見識高い科学者である。そのメンバー が,今回のデータほど科学的に明確な真実を無視することはないと信じている。
 JWP はどのような決定をするのか,「固唾をのんで見守る」とはこんな気持ちのこ とを言うのだろう。

謝辞―あとがきにかえて―
 理研における113 番元素の探索実験は本年10 月1 日をもって終了した。この実験 だけに限っても2003 年以来9 年以上の年月が経っている。ビームを照射した延べ日 数は570 日を超える。最初のイベントは延べ照射日数約100 日で出ている。2 個目の イベントも同様の日数で出てきた。当然次の100 日で3 イベント目が来るだろうと期 待してしまう。100 日やって出なかったらどうするか? さらに100 日やるだけであ る。実験条件は変えられない。実際は3 イベント目が出るまで,延べ照射日数で350 日以上かかっている。イベントに飢えると実験条件を動かしてみたくなる。少数統計 の実験の大変なところである。筆者とともに共同研究者はこの誘惑に耐え続けた。
 今回の論文の共著者39 名は2008 年以降に実験に参加したメンバーであるが,9 年 間の実験にはもっと多くの研究者が参加している。イベントがほとんどなく,長く単 調な実験を,決して手を抜くことなく準備し,遂行してきた共同研究者に深く感謝し ている。
 この実験を続けていた昨年3 月11 日,東日本大震災が発生した。地震と続いて起 こった津波とによって多くの方が亡くなり,また傷つかれた。続く福島第1 原発の 事故で東日本が電力不足となる中,他の実験を止めてまで我々の実験遂行を支持して くれた野依理事長をはじめとする理研の理事に大変感謝している。またこの研究には 理研の事務,支援部門,オペレーター等の多くの方が尽力して下さった。
 皆様どうもありがとうございます。
 今回の成果を昨年の震災によって亡くなられた方と傷つかれた方に捧げることを論 文の謝辞に明記している。
興味のある方はJPSJ のホームページを訪れ是非論文をダウンロードして読んでい ただきたい。

1) Kosuke Morita et al. J. Phys. Soc. Jpn. 2012, 81, 103201.
DOI:10.1143/JPSJ.81.103201

©2012 The Chemical Society of Japan

森田 浩介 森田浩介 (もりた・こうすけ)
1984 年九州大学理学研究課物理学専攻博士後期課程満期退学。同年理化学研究所サイクロトロン 研究室研究員補,91 年同研究員。93 年博士(理学)九州大学。同年理化学研究所サイクロトロン研究室先任研究員,2006 年から仁科センター森田超重元素研究室准主任研究員。新潟大学,東京理科大学客員教授。05 年仁科記念賞,

「化学と工業」65巻11号p.872 委員長の招待席に掲載