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高等学校化学で用いる用語に関する提案(2)への反応

2019年1月25日

日本化学会化学用語検討小委員会

本小委員会は,おもに高等学校教科書と大学入試で使われてきた用語等のうち,用法に疑問を感じるものの「望ましい姿」を検討してきた。日本化学会(以下「本会」)ホームページに小委員会案を載せ,会員等からの意見を集約して案を作成し,本会理事会の承認と文部科学省関係部署の了承を得た上で,おもに高等学校「化学」の範囲の用語等11 個についての提案(2)を本会機関誌(『化学と工業』,『化学と教育』)の2016 年3 月号に公開した 1)。その後2 年が経過し,高等学校「化学」の各教科書の「改訂版」が刊行され,現場で使われ始めたことから,一昨年の「化学基礎」への提案に対する反応 2)に続いて,本小委員会の提案が「化学」の改訂版にどの程度反映されているかを調べた。ここではその概要を紹介する。

koto-kagaku-yogo2-2019.jpg「化学」の教科書を刊行している5 社から各1~2 種類,計8 種類の教科書で,それぞれ本文の記述に提案がどの程度反映されているか(対応状況)を調べた。対応状況は,一昨年と同様に提案された用語等が本文で使用されるなど,提案がほぼ反映されているもの(○),本文には反映されていないが,新たにカッコ内や注釈に提案された用語等が使用されるなど,提案の趣旨が部分的に反映されているもの(△),今回の改訂では提案が反映されていないもの(×)に分類し,それぞれの件数(教科書の数)を表にまとめた。例えば,番号2 では,ほぼ提案通りに本文で「遷移状態」が用いられている教科書が1 件,本文では「活性化状態」だがカッコ内または脚注で別名として「遷移状態」が用いられている教科書が6件あったということである。以下に各用語等について8 冊全体の対応状況の概要を示し,事情を概説する。

 ほとんどすべての教科書で提案がほぼ反映されている用語等は,「1.ホルミル基」「3.シス-トランス異性体」「4.カルボニル基」「5.鏡像異性体」である。「アルデヒド基」「ケトン基」は有機化合物の分類名を官能基名として代用しているので教えやすいかもしれないが(OH基を「アルコール基」と呼ぶのと同じで)正しくない 3)。「幾何異性体」「光学異性体」は現在では推奨されていないが,高校化学では依然として使われていた。これらも提案を機会に望ましい方向に変わっている。

 「7.両性元素は用いない」は多くの教科書で提案が反映されている。これによって金属(の単体)の性質を示していることが明確に伝わるようになっている。

 次に,一部の教科書にだけ提案が反映されている用語を取り上げる。

 「2.遷移状態」「11.化学平衡の法則」は多くの教科書で別名として併記されている。変更を急ぐことによる現場の混乱を避けるための過渡的な措置であり,今後の改訂で提案が反映される方向に向かうと信じたい。

 「9.二酸化マンガン・酸化マンガン(Ⅳ)両方の表記を認める」ことは中高接続での混乱に対処するためにも必要だが,「酸化マンガン(Ⅳ)」もまた正しいためか対応が鈍いのは残念。どちらも正しい名前なのに,「教科書に書いていない」ために「中学校で教わった『二酸化マンガン』は間違い」という間違いを生徒に刷り込むべきではない。速やかに併記を徹底してほしい。

 「6.沸点上昇度・凝固点降下度」は学術用語集 4)には掲載されていないが,あたかも専門用語であるかのように太字で記している教科書が多い。提案にあるように「沸点上昇・凝固点降下」を用いて記述してほしい。

 「10.エンタルピー変化ΔHで表す」は大学から長年指摘されている。提案にあるように国内外にかかわらず大学以降との接続の改善を目指してほしい。

 最後に,「8.化合」は高等学校「化学」にはほとんど現れないが,「中学校」の学習指導要領の改定に先立って提案に含めた。これを反映してか,2021 年度から中学校で導入される新しい学習指導要領の「解説」では,従来は「化合」が用いられていた箇所が「反応」で置き換えられるなど,「化合」という用語が姿を消している5)

 高等学校「化学」はおもに理工系に進む高校生が履修する。学習する生徒の大多数は化学の専門家にならないとしても,卒業後に化学の専門的な用語や内容に接する可能性は大きい。その際に基本的な用語や用法に対する誤解で混乱することのないように,できるだけ専門分野で使われている用語や用法に沿って学ぶことが望まれる。

 「研究の最先端と違って,教科書の内容は今後も変わらないのだから用語も変えるべきでない」という意見を聞くことがある。確かに,短い期間で用語や用法が頻繁に変わるのは望ましくない。しかし,前報に記したように言葉は生き物であり,時間の経過とともに少しずつ変化する。また,学習指導要領の変遷を見るまでもなく,教える内容も教え方も時とともに変化している。さらに,専門分野での変更であっても最近の「キログラム」の定義の変更やこれに関連する「物質量(モル)」の定義の変更 6)や名称の見直し(「化学量」の提案) 7)のように,高等学校の教育内容にまで影響を与えるものが提案されることがある。必要に応じて用語や用法を適切に見直さないと時代の流れから取り残されてしまう。

 教育現場では,用語の厳密な意味よりわかりやすさや教えやすさを重視する傾向があり,いったん定着した用語は問題を感じていてもそのまま使われ続ける場合が少なくない。このことを考えると,今回の11 件の提案のうち4 件が速やかに高校教科書に反映され,ほかの4 件も反映される方向に向かっているのは,今回の提案が全体として現場のニーズにも合っていて,対応しやすかったからと言えよう。昨年3 月に高等学校学習指導要領の改正が告示され 8),7 月には対応する「解説」が公開された 9, 10)。これに伴い教科書の改訂が行われるはずである。過去2 回の提案がさらに採用され,高校学校で化学の本質がより学びやすくなることを期待している。

 2 回にわたって提案した用語の中には,今回は十分に採用されていないものもある。また,検討や提案を見送った用語もあれば,新たに問題が指摘されている用語もある。上記の高等学校学習指導要領の改正が告示された 8)ことを踏まえて,本小委員会は引き続き高校化学で用いられている用語・用法に注意を払い,必要に応じて検討・提案を行うとともに,提案への対応状況を追跡していく必要がある。

化学用語検討小委員会(○委員長)
委 員
  伊藤眞人(創価大学)
  井上正之(東京理科大学)
  歌川晶子(多摩大学附属聖ヶ丘高等学校)
  小坂田耕太郎(東京工業大学)
  梶山正明(筑波大学附属駒場中学校・高等学校)
  柄山正樹(東洋大学)
  久新荘一郎(群馬大学)
  後藤顕一(東洋大学)
  下井 守(東京大学名誉教授)
  杉村秀幸(青山学院大学)
  西原 寛(東京大学)
 ○渡辺 正(東京理科大学)
  渡部智博(立教新座中学校・高等学校)