日本化学会

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QM/MM法の発展

 今年のノーベル化学賞は「複雑化学系に対するマルチスケールモデルの開発」との理由で,Martin Karplus教授,Michael Levitt教授,Arieh Warshel教授の3名に授与された1)。本稿では受賞の対象となったQM/MM法の最近の発展について,筆者の研究を中心に紹介する。

 QM/MM法では,溶液やタンパク質などの凝縮系を化学反応が起こる重要な部分とそうでない部分に分割し,前者を量子力学で解き,残りの大部分を遥かに低コストの古典力学で扱う。このQM/MM法によって,凝縮相の化学反応を理論的に研究することが可能となった。

 しかし,タンパク質の揺らぎや励起状態ダイナミクスの理解には極めて大規模な計算が必要となり,現在の計算機環境でも非常に困難である。そこで,筆者らは,分子力場と修正Shepard内挿法を組み合わせることで,わずかなQM/MM法の計算結果から凝縮相の化学反応のポテンシャル面を高精度・高効率に生成する手法を開発した2)。また,実際にその手法を溶液中の励起状態反応ダイナミクスに適用し,これまで不可能だった高精度電子状態計算と十分なサンプリング計算を併せ持つ解析を行った3)。その結果,実験で観測される振動励起の起源や溶媒の効果などを明らかにしている。

 また近年,QM/MM法に基づく効率的な自由エネルギー計算手法が開発され,酵素反応に伴うタンパク質の大きな構造変化も計算可能になりつつある4)。近い将来,酵素反応に伴う構造変化によって,さらに別の酵素でも反応が起きるといった現象も計算可能になるかもしれない。このように,凝縮系の化学現象の理解はまだ始まったばかりであり,今後もさらなる発展が期待される。

1)紹介記事として, 例えば大峯巖, 化学と工業 2013, 66, 994.
2)M. Higashi, D. G. Truhlar, J. Chem. Theory Comput. 2008, 4, 790.
3)M. Higashi, S. Saito, J. Phys. Chem. Lett. 2011, 2, 2366.
4)T. Kosugi, S. Hayashi, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 7045.

東 雅大 琉球大学理学部