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iPS/ES 細胞技術の動物実験代替法研究への展開

 医薬品,農薬,一般化学品などの有用な化学物質のヒトへの安全性評価は,多くの場合,実験動物が用いられている。しかし,近年,安全性評価の効率化,動物福祉,実験動物とヒトの種差等の観点から動物実験を代替する,精度の高い,迅速かつ効率的なヒトin vitro 安全性評価試験の開発が急務となっている。一方,その研究ソースとしてヒト正常細胞の入手が長年の課題であった。このような状況下,ヒトiPS 細胞の発見1)を契機にヒト胚性幹細胞(ES 細胞)を含めたヒト多能性幹細胞の化学物質の安全性評価研究への活用が脚光を浴びてきた。ヒト多能性幹細胞は,試験管内で無限に増殖可能で,体を構成する様々な細胞へ分化し得る正常細胞である。したがって,この分化組織細胞を利用することでヒトへの外挿性の高い安全性評価研究への応用が期待できる。現在,安全性評価領域の重要性や分化誘導技術の進展の観点から心臓,脳神経,肝臓等の組織・細胞の活用が進められている。
 iPS/ES 細胞由来心筋細胞を用いた心毒性評価は,医薬品分野で注目されている。米国FDA のコンソーシアムで有用性が報告され2),試験用の心筋細胞も複数社から販売され活用されている。脳神経に関しては複数機関で二次元の分化神経細胞を用いた発達神経毒性等の研究が進められているが,近年,ヒトiPS/ES 細胞から立体的な大脳構造体も作られており3),今後の応用が期待される。肝臓は生体と同等な機能を持つ肝分化誘導法の確立が課題であるが,ヒトiPS/ES 細胞から血管構造をもつ機能的な肝臓が作製された4)
 以上のように,iPS/ES 細胞技術は再生医療等の応用だけでなく,化学物質のヒトへの安全性評価における動物実験代替法研究への展開が大いに期待できる。

1) K. Takahashi et al., Cell 2007, 131, 861.

2) KR. Chi, Nat. Rev. Drug. Discov. 2013, 12, 565.

3) A. Lancaster et al., Nature 2013, 501, 373.

4) T. Takebe et al., Nature</> 2013, 499, 481.

鈴木紀之・斎藤幸一 住友化学(株)生物環境科学研究所