日本化学会

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溶液の乾燥で分子を並べる

 コーヒーをこぼすとコーヒーリングと呼ばれる乾燥跡が残る(図A)。このリングの生成メカニズムは,1)溶媒の蒸発で液膜が薄くなる,2)薄くなった液膜の接触角を保つために溶液が縁へ移動,3)蒸発・移動が繰り返され液膜の縁で溶質濃度(コーヒーの濃度)が増加,4)乾燥跡の出現,である。このメカニズムを利用し,溶質分子の配列や,三角形やクモの巣状の乾燥跡形成も報告されている1)
 溶液の乾燥を利用した配向膜の形成は簡便な分子配向法として注目され,例えば,基板を溶液から徐々に引き上げる方法2),電場を印加し乾燥する方法が知られている3)。また,分子性固体や薄膜の光物性・電子物性は,分子配向で顕著に変化する。例えば,太陽電池材料として有名な導電性高分子のポリ- 3 -ヘキシルチオフェン(P3HT)は,配向により2 ~ 3桁の電荷移動度の異方性が発現する。
 近年,2 枚の基板で溶液を挟み,基板をゆっくり移動させ,溶液を乾燥する分子配向法が報告されている(図B)。この手法はSolution shearing 法と呼ばれ,ペンタセン誘導体での π - π スタッキングの距離の減少と移動度の数倍の増加を達成し注目を浴びた4)。その後,上側基板へのマイクロピラーの形成や,下側基板に溝を掘ったテンプレート構造などが考案され,分子配向の増加,高分子やカーボンナノチューブの配向が報告されている。
 以上,「溶液の乾燥で分子を並べる」のは簡便な手法である。今後の新しい配向法の発見,配向メカニズムの解明により,分子性固体・薄膜における構造制御と機能の研究の更なる発展が期待される。

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A. コーヒーリングの例,B.Solutionshearing 法の模式図.(文献2)―Publishedby The Royal Society of Chemistry

1) W. Han et al., Angew. Chem. In. Ed. 2012, 51, 1534.

2) Y. Diao et al., Energy Environ. Sci. 2014, 7, 2145.

3) A. Boker et al., Macromolecules 2003, 35, 1319.

4) Y. Diao et al., Nature Mater. 2013, 12, 665.

加治屋大介・齋藤健一 広島大学自然科学研究支援開発センター・理学研究科