日本化学会

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二次元蛍光寿命相関分光法

 二次元NMR 1)はタンパク質などの複雑な分子構造の解析に必要不可欠な実験手法である1990 年代後半に開発された二次元IR 2)は,特に超短寿命分子種の構造の研究に力を発揮している 3)

 ごく最近開発された二次元蛍光寿命相関分光法(2D FLCS)は,NMR やIR では見ることのできない,マイクロ秒以降の時間領域の巨大分子の"ゆらぎ"を可視化するユニークな方法である 4)。NMRの二次元スペクトルの縦・横軸は化学シフト,IR のそれは波数であるのに対して,2D FLCS のそれは蛍光寿命である。DNA やタンパク質などの巨大分子内の2 箇所をFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)ペアの蛍光分子でラベルすると,FRET 供与体の蛍光寿命は(ペア間の距離を鋭敏に反映するため)巨大分子の複雑で大量な構造情報から精選された要点のような物理量となり得る。例えば,図中のDNA ヘアピンの両端に結合したFRET ペア間の距離は,DNAが閉じた構造の場合に短くなり,FRET の効率は上がり,供与体の蛍光寿命は短くなる。逆にDNA が開いた構造をとると,供与体の蛍光寿命は長くなる。すなわち,蛍光寿命はDNA の開閉を端的に示す物理量となる。

 2D FLCS では,蛍光寿命で識別される異なる構造の分子種が,熱平衡状態において自発的に互いに変換する過程を観測することができる。相互の変換は,二次元スペクトルの交差ピークとして現れる。2D FLCS は単一分子FRET 分光法と本質的に等価な情報をより高いS/N で与える方法であり,タンパク質のフォールディング過程の研究にも応用されている 5)

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巨大分子のゆらぎを可視化する2D FLCS の概念図

1) 荒田洋治,NMR の書,丸善 2000

2) P. Hamm, M. Zanni, Concepts and methods of 2D infrared spectroscopy, Cambridge University Press 2011.

3) M. Thämer, et al., Science 2015, 350, 78.

4) K. Ishii, T. Tahara, J. Phys. Chem. B 2013, 117, 11414 & 11423.

5) T. Otosu, et al., Nature Comm. 2015, 6, 7685.

山口祥一 埼玉大学大学院理工学研究科