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置換基が同一方向に揃ったトリプチセンの合成

Synthesis of syn-Substituted Triptycenes

トリプチセンは3つのベンゼン環が縮環したプロペラ型分子であり,剛直で独特な3次元構造を有している。それゆえに従来,分子マシンやホスト-ゲスト化学における単位構造としてよく利用されてきた1)。ところが,その合成法は従来,アントラセンとベンザインのDiels-Alder反応等に限られており,特に置換トリプチセンの合成では,anti選択的な例はあるが,syn選択的な報告はなかった2)
こうした中,筆者らは最近,イラノートとベンザインを用いた新規トリプチセン合成法を見いだした3)。本反応では,イノラートがベンザインと2度の形式的[2+2]環化付加反応を起こし,Dewarアントラセンが生じた後,これが開環したアントラセンと3分子目のベンザインとの[4+2]環化付加反応によってトリプチセンが生成したと考えられる。本法の特筆すべき点は,3-メトキシベンザインを用いると,syn-トリプチセンが完全な位置選択性で得られることにある3)。DFT計算によってこの位置選択性がベンザインのπ-σC-O軌道間に働く負の超共役によるものであることが示唆された。同様にして,3-シリルベンザインから,対応するsyn-トリプチセンの選択的合成に成功した4)
syn-トリプチセンは,3つの置換基が同一平面上に等間隔かつ垂直な方向に位置するという特徴的構造を有しており,新しい機能性分子のプラットフォームとしての利用が期待される。

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1) C.-F. Chen et al., Eur. J. Org. Chem. 2011, 6377.
2) B. A. Averill et al., J. Org. Chem. 1986, 51, 3308.
3) T. Iwata, M. Shindo et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 1298.
4) T. Iwata, M. Shindo et al., Chem. Eur. J. 2019, 25, 13855.

岩田隆幸 九州大学先導物質化学研究所