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量子超越的な量子化学計算に向けて

Towards Quantum Supremacy in Quantum Chemistry

量子計算機は1982年のファインマンによる提唱以来,物理系の実装や固有のアルゴリズムなど綿々とした研究が続けられてきた。現実的には,人工的に制御された量子系が環境や演算操作の乱雑さに耐えられないことから最近まで注目を集めることは少なかったが,近年の量子系制御技術の進展および巨大資本の参入により,2014年以降,従来の限界が大きく更新され続けていることが今日の量子計算機に対する期待につながっている。すでに記憶容量は古典計算機を凌駕しており,過渡期の量子計算機とみなされるNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)計算機で何か新しい応用計算ができるのではと,国内の量子化学分野でも盛んに研究が進められている1~4)
NISQで本質的な何かが達成されたという例はいまだないが,本領域の変化はあまりに早く,先頭集団の目はNISQを通り越した先の誤り訂正付きの汎用的なFTQC(Fault Tolerant Quantum Computer)に向いており,とりわけ近い将来実現されるであろう中程度規模で演算回数も制限されたEarly-FTQCを用いて応用計算を実現することが次のマイルストーンとして意識されている。FTQCにおけるアルゴリズム開発には演算の種類や回数そして誤差の見積もりなど詳細な解析が求められ,開発のハードルはむしろNISQ時代より上がり分野横断型の組織による総力戦になるが,それは実用化に近づいた証ともいえる。
さらに研究が進めば,計算速度ではなく環境負荷やコストも尺度となり,ハードルは上がり続けるであろう。その際,応用計算の開発はハードウェアの進捗に寄り添ったものにならざるを得ず,あえていえば振り回されてしまうことは想像に難くない。それを理解した上で腰の入った研究が求められており,今のブームも少数の研究者が地道な努力を続けてきた結果であることは良い教訓である。

1) W. Mizukami et al., Phys. Rev. Rep. 2020, 2, 033421.
2) K. Sugisaki et al., J. Phys. Chem. A. 2016, 120, 6459.
3) T. Tsuchimochi et al., Phys. Rev. Rep. 2020, 2, 043142.
4) Y. Matsuzawa, Y. Kurashige, J. Chem. Theor. Comput. 2020, 16, 944.

倉重佑輝 京都大学理学研究科