日本化学会

閉じる

トップ>化学を知る・楽しむ >化学遺産 >第1回化学遺産認定

第1回化学遺産認定

(社)日本化学会は、化学と化学技術に関する貴重な歴史資料の保存と利用を推進するため、2005年度より化学遺産委員会を設置し、さまざまな活動を行っ てまいりました。「化学遺産認定」は、それら歴史資料の中でも特に貴重なものを認定することにより、文化遺産、産業遺産として次世代に伝え、化学に関する 学術と教育の向上及び化学工業の発展に資することを目的とするものです。このたび第1回として、ここにご紹介する6件を認定いたしました。

(社)日本化学会 化学遺産委員会
2010年3月

pamphlet_1.png
三つ折りパンフレットの訂正

認定化学遺産 第001号 『杏雨書屋蔵 宇田川榕菴化学関係資料』

宇田川榕菴(1798-1846)は『舎密開宗』(1837~1847)を著わし、それまでこの国に知られていなかった化学という学問をはじめて体系的に紹介した。榕菴がその『舎密開宗』を著わすに当って渉猟した多くの蘭書の覚書や その稿本類など、多くの貴重な資料が一括して杏雨書屋に所蔵されている。本認定化学遺産は、刊行手沢本、自書稿本類、肖像画、宇田川家伝来の蘭引等、延べ50点に及ぶ。これに含まれる榕菴の肖像画は現存する唯一 のものである。

これらの資料のうち多くのものは、慶応大学医学部教授藤浪剛一博士旧蔵のコレクションであり、現在は財団法人 武田科学振興財団 杏雨書屋(大阪市淀川区十三本町)に所蔵され、一般にも公開されている。

isan001_article.png

化学と工業特集記事

isan001.jpg

宇田川榕菴肖像画
(1845(弘化2)年6月)

isan002.jpg

宇田川榕菴自ら描いたと
推定されるキップの装置
 (『舎密器械図彙』)

所蔵者情報

財団法人 武田科学振興財団 杏雨書屋
〒532-8686 大阪市淀川区十三本町2-17-85
電話 06-6300-6815
http://www.takeda-sci.or.jp/business/kyou.html

参考文献

芝哲夫「杏雨書屋蔵宇田川榕菴資料(1)化学」『杏雨創刊号』、 55-102頁、 1998。
   「杏雨書屋蔵書に見る宇田川榕菴の世界」『杏雨』、 5、 117-125頁、 2002。
   「日本の化学を創めた宇田川榕菴と杏雨蔵書」『杏雨』、 12、 150-165頁、 2009。

認定化学遺産 第002号 『上中啓三 アドレナリン実験ノート』

1900(明治33)年、ニューヨークの高峰研究所において、高峰譲吉と上中啓三によってアドレナリンが発見され、結晶化された。これは世界で初めて単離 されたホルモンである。本認定化学遺産はこの研究経過を記した上中啓三の実験ノートである。大きさは縦約15cm、横約10cmで、この実験研究が行なわ れた1900年7月20日から同年11月15日までの記述がある。現在、上中啓三の菩提寺である兵庫県西宮市名塩の浄土真宗教行寺に所蔵されている。

isan002_article.png

化学と工業特集記事

isan002-1.jpg

上中啓三

isan002-2.jpg

実験ノート中の
アドレナリン結晶図

参考文献

芝哲夫『日本の化学の開拓者たち』(裳華房、 2006)、102-111頁。
飯沼和正・菅野富夫『高峰譲吉の生涯―アドレナリン発見の真実』(朝日選書、2000)。
山下愛子「アドレナリン実験ノート」『科学史研究』 第79号(1966年)、143-148頁

認定化学遺産 第003号 『具留多味酸 試料』

1908(明治41)年、東京帝国大学の池田菊苗が昆布のうま味成分としてグルタミン酸を抽出、同定し、さらにそのナトリウム塩が強いうま味を呈することを見いだし、調味料として工業的製法を確立した。このグルタミン酸ナトリウムは鈴木三郎助によって「味の素」の名称で商品化された。

本認定化学遺産は池田が最初に昆布から抽出した「具留多味酸」(グルタミン酸)試料である。本品は、東京大学理学部化学教室に長い間保管されていたが、現在、味の素株式会社「食とくらしの小さな博物館」(東京都港区高輪)に貸与され、一般に公開されている。

isan003_article.png

化学と工業特集記事

isan003-1.jpg

池田菊苗
(1923年、60歳)

isan003-2.jpg

池田がはじめて抽出した
グルタミン酸 試料
(内容量は10g程度と推定される)

所蔵者情報

味の素株式会社 食とくらしの小さな博物館
〒108-0074 東京都港区高輪3丁目13番地65号
電話 03-5488-7305
http://www.ajinomoto.co.jp/museum/

参考文献

「うま味発見100周年記念公開シンポジウム」、『日本味と匂学会誌』 15(2)別冊、2008。
芝哲夫「池田菊苗の想い―うま味発見100周年を記念して」第1回、 第2回、 『化学と工業』 61(8):795頁; (9):885頁、2008。
廣田鋼蔵『化学者池田菊苗―漱石・旨味・ドイツ』(東京化学同人、1994)139-183頁。

認定化学遺産 第004号 『ルブラン法炭酸ソーダ製造装置塩酸吸収塔』

欧米先進諸国と同様、日本の近代化学工業も硫酸とソーダの生産から始まった。わが国のソーダ灰製造は官営事業として1881年大阪造幣局から始まるが、民営事業としては山口県小野田に1889年7月、日本舎密製造会社が設立され、1891(明治24)年から生産が開始された。この創業時の工場は、現在の日産化学工業(株)小野田工場(山口県山陽小野田市)として継続され、同工場内に創業時の製造装置の一部が保存されている。

本認定化学遺産は、食塩と硫酸から硫酸ナトリウムを製造する工程で副生する塩化水素ガスの吸収塔(塩酸吸収塔)で、花崗岩製である。

isan004_article.png

化学と工業特集記事

isan004-1.jpg

ルブラン法炭酸ソーダ製造装置
塩酸吸収塔
(日産化学工業株式会社 小野田工場)

認定化学遺産 第005号 『ビスコース法レーヨン工業の発祥を示す資料』

ビスコース法レーヨンは1901年にドイツで、1904年にイギリスで工業化されたが、日本では、鈴木商店の金子直吉の支援のもと、米沢高等工業学校教授秦逸三と大学同窓の久村清太の共同研究によって紡糸に成功し、1916(大正5)年に米沢に設立された東レザー分工場米沢人造絹糸製造所において初めて工業化された。この事業はやがて現在の帝人株式会社につながっていった。

本認定化学遺産はこの最初期の研究および米沢工場での工業化を示す、次の3資料である。
 (1) 旧米沢高等工業学校(現山形大学工学部)旧秦研究室遺留品のレーヨン糸、ガラス製ノズル、実験器具
 (2) 米沢工場初期の人絹糸
 (3) 米沢人造絹糸製造所創業時の木製紡糸機模型

isan005_article.png

化学と工業特集記事

isan005-1.jpg

左半は旧秦研究室遺留のレーヨン糸、
右端は初期のレーヨン紡糸に用いられた
ガラス製ノズル(ガラス瓶の中)
(山形大学)

isan005-2.jpg

米沢人造絹糸製造所初期の
レーヨン糸
(山形大学)

isan005-3.jpg

創業初期の紡糸機模型
(帝人㈱岩国工場)

認定化学遺産 第006号 『カザレー式アンモニア合成装置および関連資料』

日本窒素肥料株式会社は、1923(大正12)年10月に日本で初めてアンモニアの工業的製造を開始した。これは肥料製造、銅アンモニア法によるレーヨン製造などアンモニアを基本とした化学工業の展開の礎となった。

当時の合成塔、清浄塔、圧縮機が、旭化成ケミカルズ(株)愛宕事業場(宮崎県延岡市旭町)敷地内の「カザレー記念広場」に移設され保存されている。初合成時の運転日誌、創業期の写真などの資料も保存されているので、これらを一括して化学遺産に認定する。

isan006_article.png

化学と工業特集記事

isan006-1.jpg

カザレー式アンモニア合成装置

isan006-2.jpg

1923年の日本窒素肥料(株)
工場と会社幹部
(中央がカザレー、その右は野口遵)

リンク

九州ヘリテージ No.35 カザレー式アンモニア合成塔

参考文献

化学史学会編『20世紀の日本の化学技術―21世紀が見えてくる―』(発行:ティー・アイ・シー、2004年6月)、第1章 第1節「アンモニア合成技術の歴史」(亀山哲也・江崎正直)

第4回化学遺産市民公開講座 2010年3月28日(日)

化学遺産委員会について