植物や菌類の二次代謝では,異なる骨格を持つ多様な化合物群を創り出すプロセスが進化を遂げてきた。筆者らは,インドールアルカロイド群を生合成するプロセスの分岐点に位置する仮想中間体1に着目した。中間体1は短寿命と考えられたので,ジヒドロピリジンにカルボニル基を連結して安定化を図った多能性中間体2を設計した。フラスコ内に発生させた2に潜在する多彩な反応性を合成化学的に制御するアプローチで,天然物の構造を簡略化することなく,多環性骨格の作り分けを検討した1)。
構築ブロックをモジュラー式に連結しながら,ビニルインドールと繊細なジヒドリピリジンを併せ持つ2を簡便に合成した。三系統の[4+2]型環化の位置・立体選択性を制御して,イボガ/アスピドスペルマ/アンドランギニン型骨格を構築した。また,ジヒドロピリジンの二電子/一電子酸化で発生させたピリジニウムイオン,炭素ラジカルを利用して,ヌゴウニエンシン/非天然型の骨格をそれぞれ構築できた。出発原料のトリプタミンから五系統のアルカロイド骨格をいずれも6~9工程以内で合成することに成功した。さらに三系統の骨格からアンドランギニン,ビンカジフォルミン,(-)-カサランチンの全合成を達成した。
アルカロイドの生合成経路を模倣した今回の骨格多様化合成プロセスでは,分子を形作る骨格・立体化学や活性発現に重要な官能基を柔軟に改変した多環性化合物群を現実的なコストで創製できる。本合成戦略を他の二次代謝産物へ適用すれば,新奇な構造と機能を持つ生理活性分子の探索資源を創造するアプローチとして更なる発展が期待される。
1)H. Mizoguchi, H. Oikawa, H. Oguri, Nat. Chem. 2014, 6, 57.
大栗博毅 北海道大学理学研究院