フッ素は,快適な現代生活を営む上で多彩な役割を果たす元素である。なかでも有機フッ素化合物は自動車や家電製品など,私たちの日常生活からハイテクにいたるまで大いに役立っている。その利用は,特に医薬・農薬分野において顕著である。
2000年以降の有機フッ素化学の進展は目覚ましく,有機フッ素化合物がつくりだす特異な分子間相互作用に基づく機能に関する研究が盛んに行われている。一方,その合成と反応の分野に目を向けると,不斉フッ素化,炭素‒フッ素結合活性化などの研究が飛躍的に発展した。なかでも大きな注目を浴びているのは,触媒的フッ素化とトリフルオロメチル化である。以下に2つの反応例を紹介する。
種々の官能基を有する化合物に対し,合成工程後半でフッ素を導入する技術を「late-stage
fluorination」と呼び,これは医薬品探索に極めて有効である。最近では,医薬品として上市されている化合物そのものを直接トリフルオロメチル化する反応も報告されている。
触媒的フッ素化・トリフルオロメチル化の技術は, ポジトロン断層撮影(PET)診断薬としての18F標識化合物の迅速合成の手法としても有効であり,今後のさらなる発展が期待されている。
網井秀樹 群馬大学理工学研究院