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ラベルフリー細胞内自家蛍光寿命イメージング研究の進展

 細胞内には,補酵素であるNADH,FAD,アミノ酸のトリプトファンなど蛍光を示す様々な物質が存在し,色素染色を行わなくても細胞はいわゆる"自家蛍光" を示す。この自家蛍光を用いて細胞内の状態を観測することができれば,染色操作が不要であり,さらに染色による試料の状態変化がなくなる。また染色時間が必要ないために,手術時の術中細胞診断などにおいて迅速な判断が可能となる。特に蛍光強度測定よりも定量性に優れた蛍光寿命顕微分光1)と組み合わせることによって,ラベルフリーの細胞内状態計測が可能になる。

 筆者らのグループは,細胞内状態の定量評価を目的として,NADH の自家蛍光寿命を用いた細胞内pH の無染色イメージング測定に成功した2)

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試料としてヒト由来の細胞株であるHeLa 細胞を用い,細胞内pH の校正は,イオノフォアを培養液に入れて細胞内外のpH を等しくさせ,細胞外pH の測定によって行った。NADH の蛍光寿命は,緩衝溶液中ではpH に対して一定であるのに対し,HeLa 細胞内では,細胞内pH の増加に伴い単調減少を示すことがわかった。イオノフォアを用いてNADH の自家蛍光寿命と細胞内pH との検量線を作成することによって,細胞内pH の無染色イメージング測定が可能であることがわかった。また,蛍光寿命には位置依存性があり,例えば核とミトコンドリアでは,核内の方が蛍光寿命は短いことがわかった。可視域に吸収を持つFAD の自家蛍光寿命を用いても,細胞内pH の無染色測定を行うことができ3),励起波長・観測波長を変えることで自家蛍光種を選択することが可能である。

1)M. Y. Berezin et al., Chem. Rev. 2010, 110, 2641.

2)S. Ogikubo et al., J. Phys. Chem. B 2011, 115, 10385.

3)Md. S. Islam et al., Int. J. Mol. Sci. 2013, 14, 1952.

中林孝和・太田信廣 北海道大学電子科学研究所