日本化学会

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ラマンタグによる生細胞分析

 径が約20 mm の生細胞の微小領域(1×1 mm2)でのラマンスペクトルが測定できるようになった1)。タンパク質,核酸,脂質等の分子は,様々な振動数で連成振動している。これらの振動子は光と相互作用し,ラマン散乱光として検出できる場合がある。これを応用すると生体分子の細胞内分布について「ありのまま」分析できる。しかし類似構造を持つ分子の区別が困難という点で問題であった。

 蛍光色素で標識(タグ)すれば,分子種を区別できる。それでもやはり小さい分子(核酸の一部,脂質等)に対して,大きな蛍光標識を導入すると,標的分子は本来の振る舞いを失い,問題が残ってしまう。

 これらの問題を解決するために,袖岡らはアルキン( R -C≡CR′)に基づくラマン散乱光で小分子を標識し,生細胞研究に応用した2)。具体的には,DNA の構成要素,チミジンのメチル基をアルキンタグに置換したEdU(5-ethynyl-2′-deoxyuridine)を用い,EdUの核への取り込みを生細胞内で観察した(EdU のアルキンのラマンバンドは他のバンドと重複しないので有用)。次に彼らはアルキン及びニトリル(N≡C-R)など様々なラマンタグを開発し,調べた3)

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 蛍光タグと比べ,ラマンタグは明らかに暗い。共鳴ラマン効果等の工夫で,ずっと明るいラマンタグが作れるかもしれない。ラマンタグには「消光しない」,「微視環境に敏感に応答する」利点がある。バイオ分析化学に新しい潮流ができ始めている。今後の展開に注目したい。

1) G. J. Puppels et al., Nature 1990, 347, 301.

2) H. Yamakoshi et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 6102.

3) H. Yamakoshi et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 20681.

盛田伸一・西澤精一 東北大学大学院理学研究科