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アミド基選択的な求核付加反応による 天然物全合成の効率化

 近年,有機合成化学の標的化合物は,分子内に官能基が密集した複雑な分子構造になっている。しかし,様々な官能基が共存する中,望みの官能基のみ選択的に化学変換する技術は,最先端の有機合成化学をもってしても困難である。多くの場合,より反応性の高い官能基を一時的に保護した後,望みの官能基を変換し,後で脱保護する手法が採用されている。しかし,保護・脱保護による工程数増加と収率低下が大きな問題であった。
 アミド基は,ケトンやエステルに比べ求電子性が極めて低く,求核付加反応が難しい。過激な反応条件を必要とするため,保護・脱保護が問題となっている代表的な化学変換である。この問題に対し,佐藤・千田らは,反応性制御素子としてメトキシ基をアミド基の窒素に導入し,アミド基選択的な求核付加反応の開発に成功した1)。本反応は,エステルなど様々な官能基が分子内に共存していても,アミド基に対してのみ作用し,これまで困難とされていた官能基選択性を実現した。
 本反応の有用性は,ゲフィロトキシンの全合成で証明された。ゲフィロトキシンは,1980年代に3例の全合成が報告されている。しかし,その特有な含窒素構造から多数の保護・脱保護が不可欠であった。一方,佐藤・千田らは,開発した求核付加反応を駆使して反応工程の大幅な短縮に成功し,これまでで最も効率的な全合成を達成した1b)
 複雑な分子の実践的供給が望まれる現代合成化学において,"官能基選択性"というファクターの重要度は増している。その選択性の自在制御が,合成経路の高効率化に直接反映することを,この研究成果は示している。

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1) a)T. Sato, N. Chida et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 6369. b)T. Sato, N. Chida et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 512.

佐藤隆章 慶應義塾大学