元素戦略の観点から,第一遷移周期金属を触媒とする均一系触媒反応が改めて注目されている。中村らは鉄塩にジアミンや二座ホスフィンを加えた鉄触媒がクロスカップリング反応に有効であり,医薬品や電子材料の製造に応用可能であることを示した1, 2)。永島らは同反応の中間体を単離し,Fe(II)種が活性種となる触媒サイクルを提案した3)。その後,本反応機構に関して,鉄アート錯体やFe(I)種が活性種である可能性が指摘され,世界的にホットな論争となっている。溶液中の有機鉄活性種は常磁性のため,NMR を用いた解析は極めて困難であり,反応機構研究の障害になってきたが, 放射光を利用したX 線吸収分光(XAS)法がこの状況にブレークスルーをもたらしつつある。XAS は磁性に影響されることなく観測対象核種の価数,配位数,精密な幾何構造決定が可能な手法であるが,有機溶液中に溶解した分子性触媒の構造解析への応用はほとんど行われていなかった。筆者らは,SPring-8 の高輝度X 線と,独自に開発した有機溶媒系in situ XAS 測定用の特殊分光セルを用いて,図に示す有機鉄(II)活性種及び中間体の同定と溶液構造の解析に成功し,Fe(II)を経由する触媒サイクルの妥当性を実証することに成功した4)。本法は,常磁性有機金属活性種解析を通して,Fe のみならずMn, Co, Ni, Cu などの均一系触媒設計を可能とする普遍的な解析手段となることが期待される。
1) M. Nakamura et al., J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 3686.
2) T. Hatakeyama et al., J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 10674.
3) D. Noda et al., J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 6078.
4) 高谷 光 他, H24 SPring-8 重点産業利用促進課題実施報告書 2012B1737.
永島英夫 九州大学先導化学研究所、中村正治・高谷 光 京都大学化学研究所