リチウムイオン電池(LIB)は, 携帯電子機器などのユビキタス電源だけではなく,大型蓄電システムとしての利用も期待されている。そのため,より高性能なLIB の開発が,急務となっている。この課題解決に向けて,計算化学による検討は原子レベルでの現象を理解する上で必要不可欠となっている。
現在,LIB の性能で重要な寿命や安全性は,初期の充電過程で負極表面に形成される固体電解液相間(SEI)膜と呼ばれる不動態被膜の性質に強く依存することがわかっている1)。しかし,実験による膜生成過程の直接観測は困難で,その微視的機構はいまだ解明されていない。
近年の著しい計算機能力の向上に伴い,計算化学により,SEI 膜形成に関わる素反応過程群の原子レベルでの解明が急速に進んでいる。例えば,カー・パリネロ分子動力学(CPMD)法による添加剤の微視的反応機構の解明2)などが重要な成果として挙げられる。一方で,素反応過程群が複合的に進行するSEI 膜形成に関する動力学的な反応機構解明は,その複雑さゆえにほとんど進んでいなかった。
このような複雑な複合化学反応系のシミュレーションを取り扱うために,筆者らは混合モンテカルロ/分子動力学(MC/MD)反応法3)を提案した。そして,この手法をLIB の負極界面におけるSEI 膜の形成過程に適用し,原子レベルでの形成過程および膜構造を明らかにすることに成功した4)。今後, SEI 膜形成に重要な添加剤効果の解明においても,本手法は威力を発揮すると期待される。
1) K. Xu, Chem. Rev. 2014, 114, 11503.
2) K. Ushirogata, K. Sodeyama, Y. Okuno, Y. Tateyama, J. Am. Chem. Soc. 2014, 135, 11967.
3) M. Nagaoka, Y. Suzuki, T. Okamoto, N. Takenaka, Chem. Phys. Lett. 2013, 583, 80.
4) N. Takenaka, Y. Suzuki, H. Sakai, M. Nagaoka, J. Phys. Chem. C 2014, 118, 10874.
竹中規雄 京都大学触媒・電池元素戦略研究拠点ユニット,名古屋大学大学院情報科学研究科