多剤耐性菌の出現が社会問題になっている緑膿菌は,体内に豊富に存在する鉄ポルフィリン錯体(ヘム鉄)を鉄分として獲得するためにヘム鉄獲得タンパク質(HasA)を分泌する1)。鉄欠乏状態で菌体外に放出されたHasA は,ヘム鉄を捕捉すると緑膿菌に戻り,菌体表面に存在する特異的受容体タンパク質(HasR)にヘム鉄を受け渡す。筆者らは,HasAが道路標識の青い顔料として利用されているフタロシアニンなどの平面性の高い様々な合成金属錯体を捕捉可能で,鉄フタロシアニンを捕捉したHasA の構造は,ヘム鉄を捕捉したHasA とほとんど変わらないことをタンパク質X 線結晶構造解析により明らかにした。鉄フタロシアニンを捕捉した「偽のHasA」を鉄制限状態の緑膿菌に作用させると,その増殖を高度に抑制できることを見いだした2)。緑膿菌の外膜に存在するHasA の特異的受容体タンパク質のHasR は,鉄フタロシアニンを捕捉した「偽のHasA」と,本来の標的であるヘム鉄を捕捉した「本物のHasA」を区別することができず,「偽のHasA」によりHasR の取り込み口が塞がれてしまうために,緑膿菌への鉄分の供給が遮断され,緑膿菌が増殖できなくなったと考えている。鉄獲得阻害による新規殺菌手法への発展が期待される。
1) S. Letoffe, V. Redeker, C. Wandersman, Mol. Microbiol. 1998, 28, 1223.
2) C. Shirataki, O. Shoji, M. Terada, S. Ozaki, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 2862.
荘司長三 名古屋大学大学院理学研究科