日本化学会

閉じる

トップ >化学を知る・楽しむ >ディビジョン・トピックス >天然物化学・生命科学 >天然物の標的選択性を立体異性体で制御する

天然物の標的選択性を立体異性体で制御する

 生物が生産する天然物は,魅力的な構造と生物活性をもつ。近年,天然物の作用機序への注目が高まり,天然物は生体内で複数のタンパク質と相互作用する「鍵束」のように振る舞うことで活性を発現することがわかってきた 1)。この複雑な性質の一方で,その標的選択性を絞り込むことができれば,医薬品としての副作用低減や生物学ツールとしての有用性向上が期待できる。このため,天然物の標的選択性チューニングのための分子設計指針が求められている。ごく最近,天然物の立体異性体がこの目的に有用である例が見つかっている。

 カイトセファリンは,グルタミン酸受容体アゴニストであるが,NMDA 型,AMPA 型のいずれをも活性化する(AMPA/NMDA=76)。驚くべきことに,カイトセファリンの7 位立体化学を反転させた(7S)-カイトセファリンは,著しく高いAMPA 型選択性を示す(AMPA/NMDA=1700) 2)

 また,植物ホルモンミミック コロナチンは,2 種のタンパク質(COI1とJAZ)間の相互作用(PPI)を誘導する。この際,植物体内で別々の機能をもつ12 種のJAZ サブタイプすべてがCOI1 と相互作用する。しかしコロナチン立体異性体は,COI1 と3 種のJAZ サブタイプとのPPI を特異的に誘導するサブタイプ特異的PPI アゴニストとなる 3)

 類似した例はテトロドトキシンやアプリシアトキシン,ホルボールエステルなどにも見られる。立体異性体は化学合成以外の手法では得ることができないが,標的選択性制御に極めて有用である。

chem-69-3-02.jpg

1) M. Ueda, Chem. Lett. 2012, 41, 658.

2) Y. Yasuno, et al., Org. Bio. Chem. 2016, inpress.

3) 高岡洋輔ほか,第57 回天然有機化合物討論会要旨集,2015,p 55.

上田 実 東北大学大学院理学研究科