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難合成リガンドの代替技術:ウイルスに結合するペプチド

インフルエンザウイルスが感染時に結合する受容体は主にシアル酸を含む糖鎖である1)。この糖鎖構造は同じ動物種で共通しており,例えばヒトではα2,6 結合で連結したシアリルガラクトースである。つまりこの糖鎖受容体の代わりにウイルスと相互作用する化合物は,亜型に依存せず感染を阻害する活性が期待できる2)。しかしながら糖鎖の有機合成は複雑かつ多工程が必要であり,リード化合物の探索は容易ではない。そこで糖鎖の代わりにウイルスの受容体結合部位に結合するペプチドの設計が行われている。
 ランダムライブラリーを用いてウイルスヘマグルチニンの受容体結合部位に対して親和性選択を行い,糖鎖の代わりに認識されるペプチド配列が得られた3)。ペプチドは進化分子工学的手法によって最適化された後,脂質修飾3)やデンドリマー化4)によって高い感染阻害活性を示した。またペプチドは5 残基程度の長さで活性を示し,ヘマグルチニンの受容体結合部位との相互作用は計算機シミュレーションによって予測可能であった5)
 さらにこのペプチドはウイルスを捕捉することも可能である。ペプチドのデンドリマー化6)や細胞膜のマイクロドメインを模した脂質二分子膜7)への組み込みによって,ヘマグルチニンやウイルスを高感度に検出できることが示された。糖鎖のように構造が複雑でリガンドを準備することが困難な化合物の代わりとして,ペプチドを用いる技術の今後の更なる進展が期待される。


1) S. J. Gamblin, et al., Science 2004, 303,1838.

2) T. Matsubara, et al., J. Med. Chem. 2009,52, 4247.

3) T. Matsubara, et al., J. Med. Chem. 2010,53, 4441.

4) K. Hatano, et al., J. Med. Chem. 2014, 57,8332.

5) T. Matsubara, et al., Bioorg. Med. Chem. 2016, 24, 1106.

6) T. Matsubara, et al., Kobunshi Ronbunshu 2016, 73, 62.

7) T. Matsubara, et al., Front. Microbiol. 2016, 7, 468.

松原輝彦 慶應義塾大学理工学部