日本化学会

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高速光スイッチ分子


 アゾベンゼンやスピロピランのように,一方の異性体が熱的に不安定で,室温程度の熱エネルギーで安定な異性体に熱反応で戻るT型フォトクロミック分子は,光照射のオン,オフだけで物質の透過率,屈折率,蛍光強度などを可逆的にスイッチすることができ,調光レンズ,超解像蛍光顕微鏡用色素,実時間ホログラムなどに応用されている。
 最近,我々は,古くから知られているヘキサアリールビイミダゾール(HABI)に着想を得て,熱戻り反応をナノ秒から秒の幅広い時間領域で調節できる架橋型イミダゾール二量体1),ペンタアリールビイミダゾール(PABI)2),フェノキシル―イミダゾリルラジカル複合体(PIC)3)を開発した。PICはフェノキシルラジカル部とイミダゾリルラジカル部を分子内にもつ着色化合物で,これが熱的な分子内ラジカル結合で無色閉環体に容易に異性化する。また閉環体は光照射で開環してPICに戻る。
 可視光応答性や光照射強度に閾値特性を付与することは,光スイッチの多様性を開拓するという意味で重要である。ポルフィリン部位を有する[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体では可視光の二光子吸収によって生成する高位電子励起状態からの電子移動過程によりフォトクロミズムが誘起される4)。多光子吸収という光励起手法を用い,高位電子励起状態を有効活用することで,可視光応答性と励起光強度に閾値を有するフォトクロミック分子系が実現できた例として興味深い。このような分子系を活用することで,複合励起手法を用いた高次光機能集合系の構築が期待される。

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1) Y. Kishimoto et al., J. Am. Chem. Soc. 2009, 159, 880.
2) H. Yamashita et al., Chem. Commun. 2014, 50, 8468.
3) H. Yamashita et al., J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 4952.
4) Y. Kobayashi et al., J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5930.
阿部二朗 青山学院大学理工学部