核磁気共鳴を用いた分光法(NMR)や画像化法(MRI)は非破壊的に分子の構造や運動性を分析できる手法であるが,その感度が非常に低いため,例えばMRIにおいては観測対象が主に生体内に大量に存在する水に限られてきた。感度が低い原因は核スピンの偏極率が低いためであり,その偏極率を向上させる技術として動的核偏極法(DNP)がある。中でも光励起三重項の大きな電子スピン偏極を核スピン偏極へと移行するtriplet-DNPは室温で核スピンの偏極率を高めることができる。しかし,従来のtriplet-DNPの対象は主に密な有機結晶に限られ,高感度化したい生体分子を取り込むことが困難であった。そこで筆者らは生体分子を結晶内に取り込み高核偏極化することを指向し,triplet-DNPにより多孔性金属錯体(MOF)の1H 核を高偏極化することに初めて成功した(図1)1)。今後は様々な生体分子を高核偏極化し,MRI 観測を可能にすることに繋がると期待される。
また,これまでtriplet-DNPの偏極源は主にペンタセンに限られてきたが,ペンタセンは空気中で容易に酸化されてしまうという問題点があった。そこで筆者らは電子吸引性の窒素原子を導入したジアザペンタセンやジアザテトラセンが,高性能かつ空気中で安定な初めての偏極源であることを示した(図2)2)。より生体の環境に近い, 空気中かつ水中でのtriplet-DNP の実現が期待される。
1) S. Fujiwara, M. Hosoyamada, K. Tateishi, T. Uesaka, K. Ideta, N. Kimizuka, N. Yanai, J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 15606.
2) H. Kouno, Y. Kawashima, K. Tateishi, T. Uesaka, N. Kimizuka, N. Yanai, J. Phys. Chem. Lett. 2019, 10, 2208.
楊井伸浩 九州大学大学院工学研究院