日本化学会

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水を用いた常温常圧での窒素固定

N2 Fixation with H2O under Mild Condition

 ハーバー・ボッシュ法(HB 法)は空気中の窒素とメタンの水蒸気改質により得られる水素からアンモニアを合成する工業生産法として知られており,現代ではアンモニア由来の肥料は世界人口の60% の食料を支えている1)。高温高圧プロセスのHB 法は大量生産時には高効率を活かせるが,常温常圧でのアンモニア合成が可能となれば大規模プラントが不要になるだけでなく,アンモニアのエネルギーキャリアとしての利用(アンモニア社会)までの道程が見えてくる。
 2019 年4 月,東京大学の西林らは常温常圧下で窒素と水とSmI2からアンモニアを超高効率(触媒回転数4350 回,触媒回転頻度117 回/分),触媒的に合成できることを報告した2)。ここでは同グループから最近報告されたベンゾ縮環NHC ピンサー配位子を有するMoCl3錯体3)が高活性触媒として用いられている。 今回の成功の鍵は,プロトン共役電子移動4)を起こすことが知られているSmI2 を窒素固定反応において使用することで,水がH源として利用可能であるのと同時に,SmI2自身が電子源として働くことを示したことにある。また,今回使用したMo触媒とSmI2と水の組み合わせにより,水素の発生を抑えられたことも高い活性に寄与している。
 西林らは今回の反応について,直接工業生産には利用できない,SmI2の再利用が必須,アンモニアを溶液から回収するのは簡単ではないと述べるが,触媒の精密デザインにより活性が向上する端緒を掴んでおり,均一系錯体触媒が窒素固定の未来へ向けて大きな一歩を記した成果であることは疑いがないだろう。

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1) R. Schlögl, Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 2004.
2) Y. Ashida et al., Nature 2019, 568, 536.
3) A. Eizawa et al., Nature Commun. 2017, 8, 14874.
4) T. V. Chciuk et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 6033.

山下 誠 名古屋大学大学院工学研究科