日本化学会

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発光性安定ラジカル

Luminescent Stable Radicals

不対電子を有するラジカルは,消光剤として作用する非発光性物質として知られるが,近年,発光性を示す安定ラジカルが報告され始めている。二重項に基づく蛍光を示すラジカルでは,D 1 とD 0 の間にスピン多重度の異なるほかの励起状態がないという,閉殻分子とは異なる特徴があり(図a),これに基づくユニークな発光特性が期待できる。  
筆者らは,高い光安定性と発光特性を兼ね備えた,ピリジル基を有するトリアリルメチルラジカルPyBTM 1)を開発した(図b)。溶液中での室温発光量子収率は2% 前後であるが,固体マトリックス中では89% に達する 2)。特に,PyBTMをドープした分子結晶は,極低温において磁場に顕著に応答する発光(magnetoluminescence) を示す 2, 3)。これはラジカルにおけるスピンと発光の協奏物性の初例である。  
有機ドナー・アクセプター型の発光性安定ラジカルTTM-3PCz(図c)を発光源とする有機EL デバイスが,外部量子 収率27% という高エネルギー効率を示すことが報告された 4)。デバイスの高効率化にあたり,りん光や遅延蛍光が着目されているが,これらに加えラジカルの二重項発光が新たな一手となる可能性を示している。  
安定ラジカルの発光特性に関する研究はまだまだ萌芽期にあり,新物質開発を通して基礎・応用科学の両方に大きな発展が期待される注目分野である。

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1) Y. Hattori et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 11845.
2) S. Kimura et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12711.
3) K. Kato et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 2606.
4) X. Ai et al., Nature 2018, 563, 536.

草本哲郎 分子科学研究所