分子のキラリティと物理現象中のキラリティを統合する"真のキラリティ"は「空間反転対称性P は破るが,純粋回転Rと時間反転対称性T との組み合わせRTは破らない」と定義される 1)。すなわち,(非スピン偏極)電流はアキラルな現象と定義されるのに対し,(電子の運動方向と平行または反平行にスピン角運動量を有する)スピン偏極電流はキラルな現象と定義することができる。この事実は,アキラルな電流へのキラル分子によるキラリティの転写,すなわち,キラル分子による電流からスピン偏極電流への新たな変換原理の可能性を示唆する。実際に近年,キラル分子によるスピン選択性:"Chiral-induced Spin-selectivity(CISS)効果"が報告され,外部磁場や磁性体を用いない新たなスピン偏極電流の生成法として注目を集めつつある 2)。
筆者らは,光/熱による分子回転運動に伴ってそのキラリティを反転させるキラル分子モーター 3)に注目し,キラル分子ーターの単分子膜を界面に組み込んだトンネル磁気抵抗効果デバイスを作製することで,CISS効果に基づくスピン偏極電流の生成と,光/熱によるキラリティ反転に基づくスピン選択性の外場制御を実現した 4)。また,このとき得られたスピン偏極率は室温において約45% に達した。この値は一般的な強磁性金属のスピン偏極率を上回るものである。本現象は,物性科学的興味は元より,重元素・レアメタルを用いない新たなスピントロニクス材料・デバイスへの応用という観点からも興味深いものである。
1) L. D. Barron, J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 5539.
2) B. Gohler et al., Science 2011, 18, 894
3) N. Koumura et al., Nature 1999, 401, 152.
4) M. Suda et al., Nat. Commun. 2019, 10, 2455.
須田理行 京都大学大学院工学研究科