放線菌の生合成遺伝子の多くが通常発現しない休眠遺伝子(cryptic gene)と知られてから,それらを覚醒させ新規天然物を得ようと種々の試みが行われている。例えば東大の尾仲らは放線菌とミコール酸含有の細菌を共培養(複合培養)することで新規天然物を得ている1)。筆者らは病原放線菌と免疫細胞の相互作用に興味を持ち,放線菌Nocardia属とマクロファージ様細胞を共培養することで新規天然物nocarjamide 1を得た2)。微生物と哺乳類細胞の共培養は初めての方法である。1は弱いながらマクロファージへの毒性を有していた。この結果を受け,筆者らは病原放線菌が宿主への感染を容易にするために免疫抑制物質を産生するのではと考え,T細胞などの活性化を行うNotchシグナルの阻害剤産生能力を探った。千葉大学真菌医学研究センター保有のNocardia属をスクリーニングし,病原性が強いN. farcinicaからnocobactin NAs 2, 3をNotchシグナル阻害剤として単離した。Nocobactin NAsの生合成を止めた菌はマクロファージへの毒性が消失することから病原因子と指摘されており3),実際に2, 3はマクロファージに毒性を示した。このような免疫抑制物質の産生能力は宿主に進入するための進化の結果とも捉えられ,筆者らはこれを「浸潤進化(invasive evolution)」と呼び,その詳細を研究している。
1) S. Hoshino et al., J. Ind. Microbiol. Biotechnol. 2019, 46, 363(Review)
2) Y. Hara et al., Org. Lett. 2018, 20, 5831.
3) Y. Hoshino et al., J. Bacteriol. 2011, 441.
荒井 緑 慶應義塾大学理工学部生命情報学科