日本化学会

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細胞力覚を探究する方法論開発

Methods for Studying Cellular Mechanosensing

生命現象や病態における物理的な「力」の役割を論ずるメカノバイオロジーが脚光を浴びている1)。従来の分子生物学では,分子間相互作用やタンパク質の翻訳後修飾が引き起こす生理応答が主たる興味の対象であったのに対して,血流由来のせん断力等の外力や,細胞内在性の収縮力に対する周囲の応力の影響に目を向けるのが特徴だ。分子から細胞・組織に至る多様な階層での力の作用を理解するには,力自体の計測や,それらに働く力を制御する方法論の開発が不可欠である。 
例えば,接着細胞は基質に牽引力を印可するが,その際,膜タンパク質であるインテグリンにかかる力が焦点接着の成熟を左右する。Salaitaらはヘアピン構造のDNAを蛍光色素と消光基,および細胞接着ペプチドを結合させたプローブ分子を開発し,インテグリン分子にかかるpNレベルの力の配向を蛍光偏光から計測することに成功した2)
また,接着する基質の力学的性質の影響に注目した研究もさかんで,ハイドロゲルの弾性率に応じて様々な細胞活性が変動する。筆者らは,究極的にやわらかい材料としてパーフルオロカーボンを間葉系幹細胞の基質に用いた。細胞は液々界面で伸展接着し,さらに神経分化することを見いだした3)。この際,培地成分に由来するタンパク質薄膜が界面に形成しており,細胞の牽引力に抵抗しうるほど頑強になることを明らかにした4)

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1)曽我部正博,メカノバイオロジー,化学同人,2015
2)J. Brockman et al., Nat. Meth. 2018, 15, 115.
3)X. Jia et al., Adv. Mater. 2020, 32, 1905942.
4)X. Jia et al., Small 2019, 15, 1804640.

中西 淳  物質・材料研究機構機能性材料研究拠点