分子が溶液中で徐々に結晶を形成する際の分子集合過程は,多様な分子間相互作用に支配されることが知られている。溶媒をゲスト分子として内部に取り込み結晶を形成する場合も多い。しかし,ゲスト分子を内包している結晶がどのような過程を経て形成されるのかは,まだ未解明な部分が多い。
最近Khashabらは,トライアングル型の環状分子1の結晶成長が,ゲスト分子によって大きく異なることを報告している1)。この環状分子は,クロロホルムと酢酸エチルの混合溶液を用いると物理ゲルを形成する。このゲルにメシチレンを添加すると,ゲルを形成する超分子ファイバーが直径1 μm程度のカプセル状の分子集合体に変化し,最終的に熱力学的に安定な針状結晶へと変換される。この結晶中では,環状分子1の内部にメシチレン分子が取り込まれている。
その一方で,物理ゲルにトルエンを加えると,カプセル状の集合体は形成されず,直径500~700 nm程度のらせん状の構造体が観察される。このらせん状の構造体は最終的に,前述の結晶とは異なる分子集積構造を持つ安定な結晶に変わっていく。この結晶の中でも1の空孔の中にトルエン分子が包接されている。
添加する分子の構造が少し異なるだけで,初期の超分子ファイバーから別々の経路をたどって全く異なる結晶に成長していく過程を観察している点で非常に興味深い。類似の研究が今後も増えていくことが期待される。
1) A. Dey, N. M. Khashab et al., J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 15823.
相良剛光 東京工業大学物質理工学院