天然の両親媒性高分子であるタンパク質は,ポリペプチド鎖に高次構造を記憶させている。そのため,変性剤でその高次構造を崩壊させても,適切な溶液条件に戻すと,元の構造へ復元する1)。このようにアミノ酸配列に依存して,特定の構造のみ形成するという現象は,タンパク質の自己組織化における特徴である。その一方で,人工の両親媒性高分子では,タンパク質のように特定のサイズかつ高次構造を持つ分子集合体のみを形成させることは,極めて困難であった2)。
今回,筆者らは温度を変えるという簡単な操作のみで,特定のサイズかつサイズ分布の狭いベシクルのみを形成するポリマーの開発に成功した3)。このポリマーは,親水性多糖の側鎖に温度応答性高分子であるポリプロピレンオキシドを導入した両親媒性グラフトポリマーであり,冷却したポリマー水溶液を室温へと昇温するだけで,単分散なベシクルを形成する。さらに,このベシクル溶液を冷却してベシクル構造を崩壊させても,再び温めれば全く同じサイズのベシクル構造が復元し,タンパク質と同様に高次構造を記憶していることも明らかとなった。この要因は,温度応答性高分子のグラフト化により,非特異的な分子間会合と不可逆な凝集体形成を抑制できた点にあった。本手法で得られた知見を活かすことで,特定の構造の分子集合体のみを自在に作り分ける新しい分子組織化技術につながると期待される。
1) C. B. Anfinsen, Science 1973, 181, 223.
2) R. Bleul et al., Macromolecules 2015, 48, 7396.
3) T. Nishimura et al., J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 11784.
西村智貴 信州大学繊維学部化学・材料学科