光機能は分子の励起状態を基軸に発現するため,励起状態における分子の立体構造を捉えることは機能発現機構を理解する上で重要である。さらに,短寿命種である光励起状態を分析するためには超高速分光が不可欠である。そこで筆者らは中でも分子の立体構造に比較的敏感である赤外振動スペクトルをプローブとして用いた光機能の解析を展開している。
例えば,近年注目を集めている熱活性化遅延蛍光(TADF)を利用した高効率有機EL材料では,非発光性のT1状態を発光性のS1状態へと変換するいわゆる逆項間交差(RISC)過程の効率化が重要である1)。RISC過程の効率化にはS1状態とT1状態のエネルギー差ΔESTを小さく設計することが基本的な指針として知られている。一方で,振電相互作用を通じて分子の立体構造変化や,高次励起状態の寄与も理論的に指摘されている2)。
筆者らは,時間分解赤外振動分光を用いてS1状態とT1状態の振動スペクトルを観測し,さらに量子化学計算を組み合わせて解析した。似た分子群でも励起状態の分子立体構造変化が質的に異なり,ΔESTが同様でもRISC過程の効率が大きく異なる要因であることがわかった3)。
また,構造変化に伴う分子軌道の重なり積分の揺らぎがRISC過程と発光特性を両立する鍵であることも提案している4)。
今後も,TADFに限らず多様な分子の光機能に注目し,分子の励起状態構造の観点から光機能の理解を進めていきたい。
1) T. Uoyama et al., Nature 2012, 492, 234.
2) T. Penfold et al., Chem. Rev. 2018, 118, 6975.
3) M. Saigo K. Miyata, K. Onda et al., J. Phys. Chem. Lett. 2019, 10, 2475.
4) Y. Shimoda, K. Miyata, K. Onda et al., J. Chem. Phys. 2020, 153, 204702.
宮田潔志 九州大学大学院理学研究院