日本化学会

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化学合成を駆使したワクチン開発への挑戦

The Challenge for Vaccine Development Based on the Chemical Synthesis

鳥類病原性大腸菌(APEC)O1は,養鶏産業に多大な経済的損失をもたらす病原菌の一種である。さらに,多剤耐性菌の出現や人獣共通感染症の発生が危惧されていることから,ワクチン開発が急務である。一方,従来のワクチン開発では,弱毒化した病原菌やその一部を利用する場合が多く,病原菌由来の毒性部分を含んでしまう可能性があった。そのため,化学合成を基盤とした安全性の高いワクチンの開発が期待されている。そこで筆者らは,APEC O1の抗原候補構造として,病原性大腸菌O1より単離・構造決定された,β-ラムノシド構造を含む特異な五糖繰り返し構造に着目し,筆者らが開発したホウ素媒介アグリコン転移反応1, 2)を駆使することで,病原性大腸菌O1由来五糖の初の化学合成に成功した。次に,五糖の部分構造である三糖および二糖を合成し,これらをキャリアタンパク質(BSA)と複合化することで,3種類のワクチン候補物質1~3の合成を達成した。続いて,ニワトリにAPEC O1を免疫することで,抗APEC O1抗体を作製後,1~3に対する結合活性を評価した。その結果,抗APEC O1抗体が五糖構造を有する1に対して選択的に結合することを見いだし,五糖がワクチン開発に有望な抗原候補糖鎖であることを明らかにした3)。現在,1のAPEC O1に対するワクチン活性を評価している。

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1) D. Takahashi et al., Carbohydr. Res. 2017, 452, 64.
2) N. Nishi et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 13858.
3) N. Nishi et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 1789.

高橋大介 慶應義塾大学理工学部応用化学科