日本化学会

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シクロデキストリンの非包接型ゲスト認識

Non-inclusion Binding of Cyclodextrins

D-グルコースが環状につながったオリゴ糖であるシクロデキストリン(CD)は,水に難溶性の物質の可溶化や不安定物質の安定化など様々な用途で知られるホスト化合物である。特徴的なドーナツ形の分子構造の内部に疎水性の空隙が形成されており,ここに疎水的なゲスト分子を包接することがシクロデキストリンの機能を特徴付けていると考えられてきた。一方で,CD内部の空隙に対してかなり大きな分子を可溶化する例も知られており1),CDによる分子の可溶化を包接結合のみに帰属することには疑問があった。筆者らは,円錐状のカーボンナノチューブ(CNT)末端を様々なサイズをもった疎水性ゲストと見立て,水中でCDとホスト・ゲスト錯体を形成,平衡化した後にCD結合CNTを取り出して原子分解能の透過電子顕微鏡で単分子像を撮影することにより,CDに対するサイズの異なるゲストへの結合構造および結合定数を統計解析により求めた2, 3)。その結果,空隙のサイズよりも大きいゲストに対しても,CDの口縁部がゲストの曲率を認識し,サイズ選択的に結合することを明らかにした。温度可変解析からゲスト結合の熱力学パラメータを求めたところ,CNTへの「非包接型」の結合は包接型の結合と同様にエントロピー駆動であった。この結果は,従来の分析手法では純粋に包接結合と帰属されてきた疎水性分子の結合についても,非包接結合の寄与が存在する可能性を示しており,CDの機能設計に重要な指針を与える。また本研究は,分子認識のような動的な分子イベントを1つ1つ目で見て統計的に調べる「映像分子科学」が,自然科学研究において大きな役割を果たすことを示したものでもある。

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1) T. Loftsson et al., J. Pharm. Sci. 2002, 91, 2307.
2) H. Hanayama et al., Chem. Asian J. 2020, 15, 1549.
3) H. Hanayama et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5786.

原野幸治 東京大学大学院理学系研究科