日本化学会

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高分子鎖の切断を可視化する分子プローブ

Molecular Probes for the Detection of Polymeric Mechanoradicals

圧縮,延伸,摩擦などの力学的刺激による高分子材料の分子レベルの破壊は,いまだ体系的に解明されていない。その理由は,高分子鎖の切断に伴って発生するメカノラジカルが超微量かつ不安定で,定量的な評価ができないためである。この超微量かつ不安定なメカノラジカルを評価する戦略の1つとして,不安定なメカノラジカルを安定ラジカル(主にNOラジカル)へと変換するスピントラップ法が古くから用いられてきた。しかし,その適用範囲は固体状態ではなく溶液系に限定されていた。
筆者らは,ジアリールアセトニトリル(H-DAAN)と呼ばれる比較的単純な分子骨格を分子プローブとして使用することで,メカノラジカルの可視化と定量評価を実現した1)。汎用高分子の一種であるポリスチレン(PS)とH-DAANを混合し,すり潰すと蛍光が発生する。この蛍光は,高分子切断によって発生したメカノラジカルが,H-DAANのベンジル位のプロトンを引き抜くことで生成するDAANラジカルに由来する(図)。DAANラジカルは,メカノラジカルと比べて格段に安定であり,視認性の高い蛍光性も有している。そのため,電子スピン共鳴(ESR)測定および蛍光強度測定によって多角的に評価できる。化学修飾によりH-DAAN骨格を直接PS鎖に導入すると,PSとH-DAAN骨格との相溶性が向上することから,より優れた反応性を示すことも明らかとなった2)
高分子科学の概念が確立されて約100年が経過したが,高分子鎖切断に関する系統的な研究は未開拓であった。最近になって,高分子切断を駆動力とした興味深い反応が次々と報告されている3~5)。これらの研究を契機に,高分子科学の次の100年に貢献する基礎的な研究成果が出てくると期待している。

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1) T. Yamamoto et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 2680.
2) T. Yamamoto et al., ACS Macro Lett. 2021, 10, 744.
3) T. Matsuda et al., Science 2019, 363, 504.
4) K. Seshimo et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 8406.
5) K. Kubota et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 2.

青木大輔・大塚英幸 東京工業大学物質理工学院