日本化学会

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動的ジアステレオ収束型触媒反応

Dynamic Diastereoconvergent Catalysis

生体内は無数の反応基質が存在する複雑系であるにもかかわらず,酵素/基質の複合体形成過程で,最適なinduced-fit(動的構造変化)がなされるために高選択的な化学反応が実現される。
筆者らは最近,この動的構造変化を伴う酵素反応から着想した「ニッケル錯体触媒を用いるジアステレオ収束的(3+2)環化付加型反応」を開発した1)。この反応系は,触媒活性種,反応基質,生成物のいずれについても立体異性体の相互変化が起こり得る動的状態にある。筆者らは以前に,環状E-ニトロンを用いた反応についてanti付加生成物が選択的に得られることを明らかにし,ニッケル錯体の構造解析からZ-ニッケルエノラートと環状E-ニトロンが反応する遷移状態TS-Z/Eを提唱している2)。一方,本研究ではニトリル基を有するE/Z異性化可能なニトロンを用いると,syn-付加生成物が選択的に得られることを見いだした。このsyn-付加選択性の発現には「遷移状態TS-Z/Zでの触媒/基質間の配位平衡」と「エノラートおよびニトロンのE/Z異性化」が重要であると考察し,その妥当性を触媒活性種や反応基質の動的挙動を考慮したDFT計算によって確認した。さらに,NBO(Natural Bond Orbital)解析において遷移状態TS-Z/ZでのC-H/NおよびC-H/π相互作用の寄与(計3.9 kcal/mol)が大きいことが示された。これらの結果は,遷移状態において基質と触媒間での立体反発ではなく分散力がsyn-付加選択性の発現に重要であることを示している。
今後,本研究のような「触媒と基質の構造変化を伴う動的触媒反応」の研究展開が期待される。

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1) T. Ezawa et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 9094.
2) Y. Sohtome et al., Nat. Commun. 2017, 8, 14875.

五月女宜裕 理化学研究所開拓研究本部