酸化的付加・還元的脱離は遷移金属触媒反応の要となる素反応である。これらの素反応は遷移金属元素特有の反応ではない。特に5配位状態が比較的安定に存在し得る高周期典型元素上での,酸化的付加・還元的脱離(リガンドカップリング)反応は古くから知られている1)。しかし,そのような素過程を触媒反応へと応用した例は少なく,リン化合物についてはアンモニアボランからの水素移動反応(中間体A)とハロゲン化アリルの還元反応(中間体B)の2例が報告されているのみであった2)。最近,筆者らは,酸フッ化物と電子不足アルキンを第三級ホスフィン触媒の存在下で反応させると,炭素-フッ素結合がアルキンへと付加するアシルフルオロ化が進行することを見いだした3)。理論化学計算等により5配位ホスホランCを経由して反応が進行していることが示唆された。形式的には酸フッ化物の酸化的付加,アルキンの挿入,C-F結合形成還元的脱離という素反応がリン原子上で起こったとみなせる。さらに,この系にシリルエノールエーテルを共存させると,トランスメタル化に相当するリガンドメタセシスが起こり,3成分カップリングが進行することもわかった4)。これらの反応形式は遷移金属触媒でも報告例がなく,典型元素のレドックスを触媒反応で利用する意義は単なる貴金属の代替にとどまらない。
1) T. Chu, G. I. Nikonov, Chem. Rev. 2018, 118, 3608.
2) J. M. Lipshultz, G. Li, A. T. Radosevich, J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1699.
3) H. Fujimoto, T. Kodama, M. Yamanaka, M. Tobisu, J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 17323.
4) H. Fujimoto, M. Kusano, T. Kodama, M. Tobisu, J. Am. Chem. Soc. 2021. doi: 10.1021/jacs.1c10042
鳶巣 守 大阪大学大学院工学研究科