日本化学会

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引っ張ると頑丈になる自己補強ゲル

Tough Polymer Gels Reinforced by Strain-Induced Crystallization

溶媒を水とするハイドロゲルは,高い生体適合性を有していることから,人体に埋め込む生体材料への応用が期待されながらも,脆弱な力学強度が問題となっていた。高分子ゲルを強靭化する上で,犠牲結合と呼ばれる壊れやすい結合を導入する手法が知られているが1),変形時に犠牲結合の破断を伴うため,繰り返し変形を加えた際における力学強度の回復率に問題があり,人工靭帯・関節などの人工運動器への応用に障害となっていた。筆者らは,結合の破壊を伴わない新しい強靭化メカニズムとして伸長誘起結晶化による自己補強効果を用いることで,強靭性と回復性を兼ね備えた高分子ゲルの開発に成功した2)。本研究では,ゲル内部の高分子鎖を均一に変形させるために,高分子鎖を環状分子によって連結した環動ゲルを用い,環動ゲルにおける環状分子の数,軸高分子鎖の長さ,高分子濃度を適切に調整すると,環動ゲルを伸長した際に高度に配向した高分子鎖が結晶化する現象を見いだした。伸長結晶化による補強効果によって,自己補強ゲルは世界最高水準の強靭性(破壊エネルギー:約20 MJ/m3)を示した。また,伸長下において一度形成された高分子鎖の結晶は,力を取り除くことで即座に消失することから,自己補強ゲルは繰り返し変形下における即時回復性はほぼ100%であった。溶媒を含む高分子ゲルにおいて可逆な伸長誘起結晶化が発見されたのは本研究が初めてであり,高分子ゲルの新規強靭化手法として注目を集めている。

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1) J. P. Gong, Soft Matter 2010, 6, 2583.
2) C. Liu et al., Science 2021, 372, 1078.

眞弓皓一 東京大学物性研究所
伊藤耕三 東京大学大学院新領域創成科学研究科