立体選択的な重合には様々な手法がある。しかし,モノマー同士が可逆的な非共有結合で結びついている超分子重合では,立体選択的な重合は限られており,わずかに存在する例もほぼすべてが同じエナンチオマー同士が並ぶホモキラル配列であった。また,選択性の程度や構造同定など定量的評価は困難であった。
筆者らは以前シクロオクタテトラエンにチオフェンが縮環したサドル型のキラル分子を用いて励起状態芳香族性(Baird芳香族性)の安定化エネルギーを評価した1)。今回筆者らはこの分子骨格を用いることで,思いがけず高選択的ヘテロキラル超分子重合を達成した2)。ヘテロキラル配列は当初,両エナンチオマーが共存するときのみ重合することや,エナンチオマーの混合比を変えると,生じる沈殿にはラセミ体のみ,上澄みには過剰なエナンチオマーのみ得られるといった間接的な証拠だけであった。重合様式解明の決定打になったのは電子線結晶構造解析(microED/3DED)である。X線を用いる結晶構造解析よりも遥かに小さい結晶でも構造解析が可能なこの技術は,共著者である多くの先生方の協力の賜である。結果,チオフェンアミド同士のpolar-πスタッキングにより高立体選択的ヘテロキラル超分子重合が達成されていることを明らかにできた。直感的には想像しにくいこのような重合様式の解明は,microED/3DEDの威力を如実に示している。今後この手法が超分子化学の新しいツールとして利用されることで,これまで隠れていた新しい世界が見えてくるはずである。
1) M. Ueda et al., Nat. Commun. 2017, 8, 346.
2) M. Ueda, T. Aoki et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5121.
伊藤喜光 東京大学大学院工学系研究科