ラマン顕微鏡を用いた細胞計測は広く行われているが,その長所の1つは無染色で細胞内の分子構造や定量情報が得られることにある。筆者らは,色素染色が極めて難しい細胞内成分,"水分子"をラマン顕微鏡で観測することで,細胞内の様々な情報を得ることに成功した。
ラマン顕微鏡を用いて,単一生細胞内にある水分子のO-H伸縮振動バンドを観測できる。筆者らはO-H伸縮振動バンドを用いて細胞内の水の密度のオルガネラ依存性を検討し,核が細胞質よりも水の密度が高いことを示した1)。細胞内はタンパク質や脂質などが高濃度に存在する分子夾雑環境にあり,生体分子の構造や移動に影響を与えるが,この結果はオルガネラ内の平均として,核が細胞質よりも夾雑環境の程度が低いことを示している。また,細胞周期に伴う分子夾雑環境の変化も検討した。周期によって生体分子の濃度が変化し,核の方が濃度の変化量が大きいことを示した2)。
さらに,図で示したように,細胞内のO-H伸縮振動バンドを用いて,無染色で細胞内温度を検出できることを示した3)。O-H伸縮振動バンドは温度によって形状が変化する。そこで様々な温度での細胞のO-H伸縮振動バンドを測定し,バンド形状の温度検量線を作成することで細胞内温度計測ができることを提案した。さらに,薬剤の添加に伴う単一細胞内の温度変化の画像や細胞から培地への温度勾配も観測することができた。
細胞内の水からユニークな情報が得られることをこれからも提案していきたい。
1) M. Takeuchi et al., J. Phys. Chem. Lett. 2017, 8, 5241.
2) D. Shibata et al., Chem. Phys. Lett. 2021, 779, 138843.
3) T. Sugimura et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 7755.
中林孝和・梶本真司 東北大学大学院薬学研究科