細胞や組織を扱うライフサイエンス分野では,非水溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を頻繁に利用する。その理由としてDMSOの低い細胞毒性が挙げられるが,DMSOはあくまでも"有機溶媒の中では低毒性"にすぎない。そのため,広汎に利用されているようなごく低濃度(例えば0.1 wt%)でも細胞に影響を与えることがある。
筆者らはイオン液体の構成イオンを工夫することで,新たなライフサイエンス溶媒を開発できると発想した。生体膜を乱さない「双性型のイオン液体(双性イオン液体)」を設計・合成したところ,その期待どおり,DMSOよりも低毒性であった1)。またDMSOとは異なり,細胞周期を乱さないこと,幹細胞を誤分化させないことも確認された1)。
次に,「難溶性薬剤の溶解剤」としての双性イオン液体の能力をテストした。DMSOおよび水に溶解しない薬剤を双性イオン液体中へ溶解できた。また,DMSO中では変性する非水溶性の抗がん剤シスプラチンを効果的に溶解できる世界初の低毒性溶媒となった1, 2)。
最後に,「凍結保存剤」としての双性イオン液体の能力をテストした。5%(w/v)の双性イオン液体と超純水のみからなる溶液を用いてヒト線維芽細胞を凍結保存した。解凍後の生存細胞数は,市販の凍結保存剤を用いた場合と同等だった1)。この溶液の組成を最適化することで,凍結に弱いとされている細胞・タンパクも凍結保存できた3, 4)。
これらの事実は"これまで消去法的に選ばれてきていたDMSO"に対する依存から脱却可能であることを示している。
1) K. Kuroda et al., Commun. Chem. 2020, 3, 163.
2) R. Kadokawa et al., Sci. Rep. 2021, 11, 9770.
3) Y. Kato et al., Commun. Chem. 2021, 4, 151.
4) T. Hirata et al., RSC Adv. 2022, 12, 11628.
黒田浩介 金沢大学理工研究域/ナノマテリアル研究所