一般的に,強誘電性は結晶内の電気双極子の長距離秩序によって発現するバルクの物性として知られている。しかし最近になって,単一分子であたかも強誘電体のような分極ヒステリシスや自発分極を示す単分子誘電体(single-molecule electret, SME)が報告された1)。この物性は,籠型の無機分子,Preyssler型ポリオキソメタレートで観測された。この分子は,骨格内に空洞をもち,そこに1つのテルビウム(Tb3+)イオンが内包されている。分子内の空洞には中心からずれた2つのイオン安定サイトがあり,Tb3+イオンがそのどちらか一方に局在することで,イオンの位置に応じた分子分極が生じる(図上)。安定サイト間のイオン移動(分極反転)にエネルギー障壁Uが存在するため,障壁よりも低い温度域では,イオンの位置は固定され,分極方向は保持される。この温度域で電場を加えると,イオン移動を強制的に誘起することが可能となり,電場によって分子分極が反転する。実際,この物質は誘電率の温度依存性測定において450 K以下で強誘電転移が観測されなかったにも関わらず,290 Kで分極ヒステリシスや自発分極を示したことから,本物質は単分子誘電体であるとされた(図下)1)。また最近になって,フラーレン系の単分子誘電体も開発され,単一分子測定での分極反転も観測されている2, 3)。今後は,単分子メモリ等への応用が期待される。
1) C. Kato et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2018, 57, 13429.
2) K. Zhang et al., Nat. Nanotechnol. 2020, 15, 1019.
3) S. Nishihara, Nat. Nanotechnol. 2020, 15, 966.
西原禎文 広島大学大学院先進理工系科学研究科,JSTさきがけ