日本化学会

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ゲルの粘弾性をDNAで予測・制御する

DNA Design Brings Predictability to Polymer Gels

ハイドロゲルのうち,物理的に架橋されたものは,ヨーグルトやスライムなどのように,柔らかく,時間依存的な力学応答(粘弾性)を示す。このようなゲルは,細胞外マトリックスに類似していることから,細胞培養培地やインジェクタブルゲルとして盛んに研究されている。近年の研究により1),このような粘弾性のあるハイドロゲルを医用材料に応用する際に,その粘弾性挙動の正確な予測・制御の重要性が示された。
ハイドロゲルの時間応答は,架橋分子の解離速度定数によって決定されるが,解離速度定数の制御は容易ではなく,特にpHと温度が固定された生理的条件下(pH 7.4,37℃)では解離速度の調整は極めて困難であった。
筆者らは,pHや温度が一定の条件下でも,DNA二重螺旋の結合エネルギーが塩基配列によって大きく変化する点に注目し,DNAを架橋点に用いた新たなハイドロゲルを開発した2)。このハイドロゲルは,生体適合性のある4分岐ポリエチレングリコールをDNA二重螺旋で架橋することにより合成される。様々な温度条件下でゲルの力学挙動と架橋の解離挙動を測定したところ,マクロ応力緩和時間と,架橋点であるDNA二重螺旋の解離時間(解離速度定数の逆数)は,0.1~2000秒という4桁に及ぶ幅広い時間領域でほぼ一致した。DNA二重螺旋の解離速度からゲルのマクロな緩和挙動を精密に予測・制御することが可能となった。
DNAの二重螺旋の解離速度は,塩基配列を調整することで自在に設計することができるため,今回得られた結果により,生理的条件下において任意の粘弾性を有するハイドロゲルを精密合成する道筋が示された。今回開発されたゲルの粘弾性を制御する技術は,プログラム可能な細胞培養培地や低侵襲なインジェクタブルなゲル材料への応用が期待される。

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1) O. Chaudhuri et al., Nature 2020, 584, 7822.
2) M. Ohira et al. ,Adv. Matter. 2022, 34, 13.

大平征史 東京大学大学院工学系研究科
Li Xiang 北海道大学大学院先端生命科学研究院