日本化学会

閉じる

トップ >化学を知る・楽しむ >ディビジョン・トピックス >光化学 >希土類錯体のトリボ励起化学

希土類錯体のトリボ励起化学

Tribo-excitation Chemistry of Lanthanide Complexes

物質に機械的な刺激を与えたときに発光する現象のことをトリボルミネッセンス(TL)という1)。TL研究の歴史は古く,Francis Baconの報告(1605年)に端を発する。光源を必要としない本発光現象は注目を集め,これまでにTLを示す様々な無機・有機化合物が研究されてきた2)。近年,その中でも強いTLを示す三価希土類錯体に関する報告が増えている3)
筆者らはヘキサフルオロアセチルアセトナトとホスフィンオキシド配位子を導入したEu(III)配位高分子を中心に強いTL現象を報告してきた3)。その中でトリボ励起プロセスに関する知見を得るため赤色に光るEu(III)と緑色に光るTb(III)を混合した希土類配位高分子に関する研究を行っている4)。この高分子においてトリボ励起と紫外光励起(=配位子励起)により生じる発光色はそれぞれ黄色,赤色を示した(図A)。この発光色の違いは励起プロセスの違いに起因すると考えられ,機械的な刺激により希土類イオンが直接励起されることを示唆している。
さらに,筆者らはトリボ励起エネルギーは"発光"だけではなく,"化学反応"にも利用できると着想した5)。それを実証するために反応性が高いアントラセンを導入したEu(III)配位高分子を合成した(図B)。この高分子において機械的な刺激を与えることで励起状態を介したアントラセンの酸化反応が生じることが明らかとなった。希土類錯体を用いたTL研究は古くからあるが,トリボ励起反応は初めての例で今後研究の展開が期待される。

chem75-10-03.jpg
1) J. I. Zink, Acc. Chem. Res. 1978, 11, 289.
2) Y. Xie et al., Chem 2018, 4, 943.
3) Y. Hasegawa et al., NPG Asia Mater. 2018, 10, 52.
4) Y. Hirai et al, Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 7171.
5) Y. Kitagawa et al., Chem. Eur. J. 2021, 27, 2279.

北川裕一 北海道大学大学院工学研究院