二酸化炭素を水素分子との水素化反応によりC1化学原料として利用することを目標とした,錯体触媒の開発が進められている。中でも,二酸化炭素からメタノールへの水素化反応は挑戦的な課題として認識されている。初期の研究段階では,二酸化炭素から変換が比較的容易な誘導体(ギ酸塩や炭酸塩など)を経由する間接的な合成手法が報告されてきた。
二酸化炭素から誘導体を経由せずにメタノールへと直接変換可能な触媒は,ドイツの研究グループが報告したTriphos系配位子を持つRu錯体1, 2)やCo錯体3)に限られていた。いずれの触媒系も錯体からギ酸が遊離することなく水素化反応が進行する共通点がある。一方で,メタノールへの変換には100℃以上の温度と8 MPa以上の圧力が必要となっていた。筆者らは連続的な水素化によりギ酸遊離を回避するため,分子内に2つのIrを有する2核錯体を開発した。さらに本触媒系は,従来の均一系反応場ではなく,固気相での反応場を採用することで,30℃もしくは1 MPa以下の条件でもメタノールを触媒的に合成できることを実証した4)。また,得られた触媒と反応場設計指針の拡張により性能向上が期待できる。
2050年に向けて,これらの研究により蓄積された知見が発展し,基幹物質であるメタノール製造がカーボンリサイクル技術の重要な役割を果たすことが期待される。
1) S. Wesselbaum et al., Chem. Sci. 2015, 6, 693.
2) B. G. Schieweck et al., ACS Catal. 2020, 10, 3890.
3) J. Schneidewind et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 1890.
4) R. Kanega et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 1570.
兼賀量一 産業技術総合研究所