1925年にドイツの物理学者フリードリヒ・フントは「同一の電子配置において,最大のスピン多重度を持つ状態が最低エネルギーを持つ」という経験則を提案した1)。このフントの最大多重度の規則は,多電子原子や分子の基底状態および励起状態において広く成り立つ。例えば,これまでに合成された数多くの有機分子の三重項励起状態のエネルギーは一重項励起状態より低く,両状態間のエネルギー差(ΔEST)は正であることが知られている。
筆者らは,三重項励起状態より一重項励起状態のエネルギーが低い,すなわち負のΔESTを持つ有機蛍光材料を開発した2)。負のΔESTに由来して,本材料の三重項励起状態は,速やかにエネルギーの低い一重項励起状態,そして光子に変換される。
理論上,負のΔESTは多数の電子配置間の相互作用で記述される電子相関により実現される。例えば,二電子三軌道における二電子励起配置は,一重項では3種類あるが,パウリの排他原理から三重項では1種類に制限される。したがって,三重項励起状態より一重項励起状態の方が,二電子励起配置で記述される電子相関によるエネルギー的安定化を受ける。この一重項の安定化が,開発した分子においては,交換相互作用等による三重項の安定化を上回り,ΔESTが負になると考えられる。
今後,電気励起で生成する三重項励起状態を速やかに発光として利用する理想的な有機EL材料としての実用化が期待できる。
1) F. Hund, Z. Physik 1925, 33, 345.
2) N. Aizawa et al., Nature 2022, 609, 502.
相澤直矢 大阪大学大学院工学研究科