日本化学会

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PET繊維の新しい法科学的異同識別法

New Forensic Method for Discriminating PET Fibers

犯罪現場で採証される単繊維は,現場と被疑者/被害者を結びつける重要な証拠資料である。最も汎用されるポリエステル繊維は,有色の場合には顕微分光や質量分析などの色素分析で識別できる場合もあるが,外観検査やFT/IR分光などの素材化学分析では類似した繊維試料間では識別不可能である。ポリエステルの中で主要なPET繊維は,エチレングリコールとテレフタル酸の重合体を高速紡糸して製造されるが,製造法を反映して,ポリマー分子量組成,微小領域での高次構造が繊維試料間で違いがあり,筆者らは構造指標を活用した新たなポリエステル繊維の異同識別法を開発している。
PET繊維は,nm単位のPET結晶からなるラメラ構造とアモルファス構造が規則的に組み合わさっており,その構造は紡糸条件によって決まり,放射光小角X線散乱(SAXS)分析を用いてその構造が解析できる1)。また,PET合成過程で,PET鎖の長さとその分布に特徴が現れ,小分子成分の環状三量体が不可避的に副生する。ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を用いると,PETの重量平均分子量(Mw),多分散性指標(PDI),環状三量体含有率の3指標情報が得られ,様々なPET繊維の識別が可能であった2)。SAXS分析,GPCという新たな分析技術がPET繊維の識別に有効であることに加えて,衣類の洗濯などによる繊維の劣化が解析可能であった3)。新たな単繊維の法科学的異同識別の登場と期待できる。

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1) N. S. Murphy et al., J. Polymer Sci. B Polymer Phys. 2003, 41, 1538.
2) R. Matsushita et al., Forensic Chem. 2022, 30, 100428.
3) R. Matsushita et al., ACS Omega 2022, 7, 38789.

瀬戸康雄 理化学研究所放射光科学研究センター・法科学研究グループ