民間企業のマテリアルDXの課題は,得てしてデータ数が少ないことである。また,早急な製品開発が求められ,かつコストが限られる中,何回も実験をすることは許されず,早い段階の実験サイクルで目標値に達成する材料開発を行わなくてはならない。そこで,実験精度向上に向けたデータ活用の取り組みをいくつか取り上げた。1つは,データの入力に重要な特徴量エンジニアリングである。次いで,実験候補サンプルの抽出である。次の実験候補は,予測値やベイズ最適化の獲得関数を最大化(または最小化)するサンプルだけが良いとは限らない。実験空間を可視化し,元の実験データとの距離が近いサンプル,アンサンブル学習において,各モデルの予測値のばらつきが少ないサンプルなども効果的である。ほかにも,機械学習による予測して終わりという解析ではなく,予測ミス要因特定技術を向上するために,データや予測モデルそのものを体系的に評価する重要性について説いた。最後に,製品開発を加速するには,材料開発のバリューチェーン全体のデータ統合ならびに最適化が重要である。昨今,ロボティクスを活用した実験の自動化などが最も注目されているが,自動化するのは実験に限らない。解析やデータ構築も含め,データベースが自律化し,実験データ収集の自動化による材料実験業務のDX化が進展しつつある。量子コンピュータやAIの高度化によるシミュレーション技術の向上やデジタルツインなどの仮想化に伴い,データをためるだけではなく,「作る」時代に入りつつある。今後はChatGPTのような自然言語処理を根幹とした技術変革にも対応していく必要があり,"真の顧客ニーズ"を満たした質の良いデータをいかに素早く,多角的に獲得していくかが重要となってくる。以上の内容について,2023年3月13日に東京農工大学小金井キャンパスで開催された生産技術・製品開発ディビジョン勉強会で発表し,産学両方の参加者から様々な貴重な意見を頂戴した。
向田志保 三井化学株式会社,信州大学工学部,大阪大学基礎工学研究科