2022年にノーベル化学賞の受賞対象となったクリック反応は,水中,室温で2分子を共有結合で簡便に連結できるため,ケミカルバイオロジー,高分子化学,分子生物学など様々な分野で汎用されている。金属触媒が不要である歪み促進型アジド-アルキン付加環化(strain promoted azide-alkyne cycloaddition, SPAAC)反応は最も広く応用されており,これまでに数多くの歪みアルキン類が開発されてきた1)。しかし,歪みアルキンの反応性の向上はイン-チオール付加反応などの副反応を惹起するため,反応性と安定性はトレードオフであった。
筆者らは最近,SPAAC反応分子として標的指向性を持たせた2価の水溶性ジベンゾオクタジイン誘導体であるWS-CODYを開発した。WS-CODYは2分子のアジド基を連結でき,そのイオン性側鎖が標的分子の極性に応じた反応加速効果を示す。例えば,三級アミンを側鎖に有するDMA-CODYは,負電荷に帯電した生体高分子との反応速度が,中性のアジド基と比べて1000倍以上加速する(図)2, 3)。表面をアジド修飾した細胞にDMA-CODYを応用したところ,細胞-ガラス間,細胞同士間を培地中15~30分で接着できた。本反応は細胞表面の負電荷により加速し,細胞自身の接着性とは無関係に行える。さらに,DMA-CODYによる化学的細胞接着が,接着関連遺伝子の発現を誘導することがわかった。
このように,標的分子に応じたクリック反応素子を利用することで反応速度の制御が可能となり,学際領域でのクリック反応のさらなる応用が期待される。
1) F. P. J. T. Rutjes, F. L. van Delft et al., Top. Curr. Chem. 2016, 374, 16.
2) M. Tera et al., Chem. Commun. 2023, 59, 6788
3) M. Tera et al., Bioconjug. Chem. 2023, 34, 638
寺 正行 東京農工大学大学院工学研究院